思わぬ所に異端がいたんだ
「ステファ兄?」
「ん」
「大丈夫?」
「えー、もうそんな時間」
失敗した。起きてきた心配そうなイレーナの声を聞いて、意識を失っていたことを自覚する。すぐ時計を見る。……もう十一時を回っていた。もう二限が始まって半分ぐらいが過ぎてる時間だ。今から準備して向かっていては、お昼休みになってしまう。
月曜日の二限は、日用魔法。こんなにも早く授業をサボってしまうなんて。後でアイラさんに泣きついて、ノートを写させてもらうことにしよう。持つべきものは真面目なお友達だね。
だけど、それだけの時間をかけた甲斐があった。僕とフィオナさんとで編み上げた細い組紐。ようやくスクロールの上に文字として縫い付けることが出来た。
……正直、もう二度とやりたくない。組紐を用意するのだって、二人がかりでも昨日の昼過ぎまでかかってしまったけど、本当の苦労は仕上げにこそあった。
僕がこれまで主に学んできたのはダナン・ルーンと呼ばれる種類の文字。ルイステン近くの離島に住んでいたという、ダナン神族が生んだものだ。今じゃルイステンだけでなく、世界的に主流のルーン文字として用いられている。
このダナン・ルーンの特徴としては、蛇行した形状が多い。裁縫の心得がない僕には、これを糸で再現するのはかなり困難を極めた。ダメだと思ったら解いて何度もやり直した。その時、スクロールが破けてしまうこともあった。破けたスクロールを修正できる道具や材料はさすがにうちにはない。その都度、スクロールを描き直す他になかった。
帰宅後からずっと縫い付け続けていたにしても、こんな時間になっていたなんて……通りで眠気がひどいわけだ。
「もう時間ないよ。スクロールはできた?」
「できたぁー」
「そっか、良かった。もう今日はゆっくりしてなよ。朝ご飯も、簡単に用意してから登校するから、起きてからでもちゃんと食べてね」
「おべんとぉ」
「いらない。三限しか出ないんだし、朝ご飯だけで足りるよ」
「……うーん」
「じゃあこれ持っていくね」
「使いかた」
「おっといけない。このメモだね? ちゃんと受け取ったよ。じゃあおやすみ」
「いってらっしゃぁい」
意識を失う前の記憶は、スクロールを発動して、効き目を確かめてから効果を解除した。方法としては、虫眼鏡で日光を集めて自分の腕に当てた。効果はしっかり発揮されていて、熱さえ感じなかった。魔法が成立していなければ火傷してもおかしくないけど、ちゃんと自信を持てる出来になってから初めて試したから大丈夫だ。……よく考えたら、この方法が試せる時点で少なくとも朝だ。
休むと決まったら、気が抜ける。あとは、フィオナさんが無事に異端審問をやり過ごせると信じて。目覚まし時計を手にとって、……十六時ぐらいでいいか。針を回してセットした。後のことはイレーナに託して、結果を待つことにしよう。
――――――
「ステラさん、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
青い調度品が目立つ二年生の研究室棟。自室に居たフィオナが扉を開けては、訪れたステラを中へと招く。
「おはようございます。あまり時間がありません、早く実行しましょう」
「もちろんです。あ、ちょっとお待ち下さい」
「え、なんでしょう?」
入室する寸前に、思い出した様にフィオナがステラの両肩を軽く掴む。
「ハンモックにマーシアが潜んでいます。申し訳のないことに、くだらないことをしようとしています」
「あ、ネタバレしてくれるんですね。ありがとうございます。そう、マーシア……さん」
「あの子には反省を促したいので、飛び出してきても動じていない態度を取って頂けませんか?」
「ふふふ、なるほど。いいですね。わかりました」
「……」
ステラはニヤリと片方の口角を上げる。その反応に、自分から言いだしたはずのフィオナは意外そうに目を見開く。しかしそれも束の間のこと。すぐにフィオナもステラの表情に倣った。
意向を固めた二人は満を持してフィオナの研究室に入室する。ハンモックの上に乗っている大きな毛布の塊。実際このサイズの毛布があったとしても、その重さでは絶対そうはならないだろうというぐらい、ハンモックは下方向に膨らんでいる。それをステラは一瞥だけして視界から外す。机にスクロールを広げた。
「こちらが完成した遮光のスクロールです。なんとか間に合いました」
「これが。よくもここまで……ありがとうございます」
机に広げられたスクロール。紙面には紺色、その類似色を基調とした細かい組紐でルーン文字が丁寧に編み込まれていた。それを一目確かめると、フィオナは両手で顔を覆う。
「まだ安心しないで下さい。自分の身で試してはみましたが、フィオナさんの事情でも同じ様に効果があるかはわかりません」
「そうですね。これでダメなら、そのときは覚悟を決めます」
手をどけて、再び見せたフィオナの顔は鼻周りを中心に赤くなっていた。
「どちら方面で?」
「当然、逃げます。荷物をまとめて」
「……ふっ、うふふ」
「ウフフフフフフフフフフフフフフフフ」
「どんなの~? 私にも見せて!」
笑い合っていた二人の輪に早くも混ざりたかったのか、ハンモックの中から、毛布を頭から被って隠れていたマーシアが飛び出した。机に広げられたスクロールを引ったくって、紙面に目を通す。
「……う、うへぇ。本当に組紐でルーンが描いてあるよ……初めて見た。あれだけの時間で本当によく出来たね?」
「はっ。どうも」
「え何! なんで私!? 嫌われた!? やだ! どうして!?」
ステラはマーシアからぷいっと顔を背けた。顔には力が入ってこわばっている。笑いをこらえるのに必死という様相だ。そんな態度に余程ショックを受けたようで、マーシアは単語を立て続けに発して嘆き続けている。
思惑通りの結果を得られ、したり顔で鼻を鳴らすフィオナ。ステラの方を見て、頭の高さに掲げた手を引く。ステラも手を後ろに引いて、勢いよく打ち合わせた。軽快な音が響いた。
「君ら、仲いいね……えうぅ」
「フフーン、これはきっとあれだね。真剣に作業していたのに度々質問なんかして、茶々を入れていたから。今でさえ脅かすような真似をしたし、ステラさんだっていい加減うんざりしたんだ。そうでしょう?」
「えっ、はっ? ……あぁ、いえ」
ステラは顔をぎょっとさせてフィオナを凝視するが、気を取り直して言葉を続ける。
「それについてはまるで問題ありませんから、不快に思わせてしまったのなら謝ります。すみません」
「んーん、いいの。あーびっくりした。人が変わったみたいだったから……いつものステラさんに戻ってくれてよかった。それより、早く試してみましょ!」
「そうですね。ではフィオナさん、こっちの組紐を掴んでください。それに魔力を込めると、ほんのり光ります」
組紐でルーン文字が描かれている他にも、このスクロールには一風変わった特色がある。本で言えば栞紐のようにして、スクロールと同じ長さの組紐が一本、ぶら下がるようにして取り付けられていた。
栞紐は文字を描くのに使われた紺色の組紐とは対照的に、赤や橙色の近似色の糸で編み込まれている。ステラの指示に従ったフィオナの手から魔力が注がれる。発言の通りに栞紐の先端がぼんやりと青く輝いた。
「こうですか?」
「はい。これで今、発動者であるフィオナさんの体は日光から保護されています。同じ動作をすれば光が消えて、効果も無くなります」
「つまり、光ってるかどうかで今効き目があるかが分かるってことね」
フィオナは魔力を組紐に何度か流して、光が点いたり消えたりするのを確かめていた。
「そうですね。効果は自分で切るか、その握った方の組紐が完全に青く染まり切った時に無くなります。問題なく使えるようであればそのスクロールは昼の用事が済んだ後にも差し上げますが、使うとしても余りギリギリまで用いるのはおすすめしません」
「なるほど、仕組みは理解できました。ステラさん、本当にありがとうございます」
「構いません。では……、この部屋の窓は使えそうにないですね」
「完全に封印しちゃってるものねー」
この部屋の窓枠を綴じ込んでいる黒いカーテンは釘で固定されていた。
「校舎のエントランスまで行けば窓があります。すぐ向かいましょう」
ルディングの校舎にはそもそも窓が少ない。その中から、開閉できるものに絞るとなおさら希少だ。三人はフィオナの研究室を後にして、唯一の心当たりであるエントランスを目指した。
「うー……いざとなってみると、中々怖いものですね。尻込みしていては始まりませんし、腹は括ってきたつもりですが」
「効果に関して、確実なことを言えずすみません」
「いいのよ。無理を言っているのはこちらだから。フィオナ、覚悟はいい? 気分が悪くなったらすぐ手を引っ込めるんだよ」
「もちろんですとも……うんしょ」
窓は縦に長く、女生徒一人分ぐらいある。レバーを縦に起こして施錠するタイプだった。横へ倒して解錠するには、それなりに力を込める必要がある。女学生なら一人で開けられないことがあってもおかしくはないが、フィオナは存外に軽々と開いてみせた。
腕一本が余裕を持って外に出せるだけ押し開けて、彼女は意を決して外に腕を出した。
「…………」
「フィオナ?」
「……んー…………」
「大丈夫ですか?」
心配そうに見つめる二人。うなりながら首を傾けたフィオナの反応は。
「全然問題なさそうですね。肌にひりついた感じもしませんし」
「本当!? よかった……どうしようステラさん。一体貴女にどれほどお礼をしたらいいかわからなくなってきたわ」
「何回気を抜くつもりですか。次は中庭です。マルゲリータさんらが来る前に」
そわそわとしつつ頬を上気させて、改めて礼を告げるマーシアに、ステラは呆れているようだった。マーシアは恥ずかしそうに頬を掻いている。
「えうぅ、ごめんなさい……」
「それもそうですね。もっとも、この分なら大丈夫そうですが」
駆け足で中庭へ向かう三人。校舎の扉から出る前に、フィオナを中央に挟む形で並んで立ち止まる。
「……んぐっ」
フィオナの息を呑む音が聞こえたのか、ステラの背中を優しく擦るマーシア。ステラもそれに倣った。
「せーので行こうね。声掛けはステラさんに任せていい?」
二人はフィオナの背中を擦っていた手を反対側の腰まで回した。
「わかりました。せー、のわっ」
「うごぉ」
「早い早い、はやいです、待ってください。もうちょっとだけ時間をください」
一気に飛び出そうと膝を曲げ、屈んだ二人をフィオナは後ろから肩を掴んで制止する。虚を突かれた形になった二人は、思わず変な声を漏らしていた。
「もーこの期に及んでー。怖いのはわかるからいいけど。それとも、ステラさんが信用できないのかしら?」
「そういうつもりは全くありませんが……」
「ダメそうならすぐ引き戻します。ですが、んー、私とマーシアさんなら、どちらが信用できますか? 合図の役を替わろうかと思いますが」
「……ステラさん、もう一度お願います」
「え!? 今のどういう意味!?」
「行きますよ。せー、のっ!」
「せーのっ!」
「ちょっフィオナあああああああああ!」
ステラとフィオナが飛び出すタイミングはほぼ同時。少し遅れたマーシアも、フィオナに脇の下に引っ張られる形で飛び出した。
「んっ、眩しっ……」
昼真っ盛り、太陽は真上で燦々と輝いている。その光を遮るものは最早なにもない。
下を向いて自分の影を物珍しそうに眺めているフィオナ。二人は恐る恐る、彼女の腰に回していた手を離していく。
「あれれ、フィオナ? 大丈夫?」
「……ウフフ、あははは」
フィオナは独りでにフラフラと前へ、中庭の中心に向かって進んでいく。二人はその後に続いた。舗装された道路から出て、芝生が広がる一帯にまで足を踏み出していた。
「こんなにも、眩しくて、暖かくて……活力が湧いてくるようです。良いものですね! 太陽って!」
太陽を抱えようとでも言うように両手を広げて、くるくると回りながら空を見上げている。やがてフィオナの目がしかと太陽を見据えようとする前に、マーシアの手によって目が塞がれた。
「んぐっ」
「直視したらだーめ。目を痛めちゃうわよ。これは誰でもね」
「おっと、それはいけませんね。……おほん、ステラさん」
ひとしきりはしゃいだフィオナはステラの方に向き直る。
「フィオナさんにも効き目が確かめられて安心しました。後のことは応援しかできませんが、頑張って下さいね」
「これだけの物を用意してくださって、本当にありがとうございます。心から重ねて、感謝致します」
「私からもお礼を言うよステラさん。フィオナがこんなにはしゃいでるのなんて見たことないかもしれない。本当にありがとう」
「……ふふふ、喜んで頂けたなら幸いです。万が一体調不良があれば、ためらわず言って下さいね」
「はい。存じております」
畏まって片足をひいて、深くカーテシーを行うフィオナ。彼女から差し出された手を握り返しつつ、ステラは困ったように苦笑していた。その光景を眺めてうんうんと頷いていたマーシアは、校舎を見上げて時間を確認すると、手をパンパンと打ち合わせた。
「よし。そろそろマルゲリータさん率いるスティバレ軍団が来るわよ。堂々と待ち構えてやりましょう」
「はい!」
「もちろんです」
三人は中庭の中央まで歩を進め、広間にいくつか設置されている円テーブルの一つを囲って座る。円テーブルの上には屋根もあるが、それだけだ。吸血鬼の血を引く者が、体調を保てる程に日光を遮れるものでもない。しかしスクロールがよく効いているフィオナは屋内にいるが如く、普段の調子で他の二人と談笑などして、異端審問団の到着を待っていた。
「ごきげんよう。ステラさん、ミラーズさん。……エッ、ダーーーートンさんまで、よくお揃いで」
金髪を照り返させながら現れたマルゲリータ。マーシアの名前を呼ぶ時だけは背が反り返って、頭が地面に付きそうになっていた。
その半歩後ろに控えるカチューシャ、あるいは眼鏡を身に着けた女生徒二人が頭を支え、事なきを得た。
ステラらは立ち上がって彼女らを迎えた。
「マルゲリータ様、こんにちは。んっと、家の名前を呼びにくかったら、マーシアでもいいですよー」
「いえ、貴女との馴れ合いは好みません。ですのでこれからも貴女のことはエッダ、エッ、エッ、エッダーーーーーーーー」
「あれれ……じゃあ、ミドルネームのプルトニーはどう?」
「……プルトニーさん」
「うふふ。どうも~」
名前すらまともに呼べないマルゲリータ。そんな様子であっても、対するマーシアは特に動じもせず飄々としていて、むしろ気を使うような余裕も見せていた。ステラはそんなマーシアを感心したように見ていた。
「グリッタ!? どうして譲歩するような真似を」
「いいんです。名前を呼ぶのにもいちいち時間がかかっていては手間ですから」
「はぁ……私達は別にエダートンさんの名前を呼ぶことに抵抗はありませんが」
マルゲリータをグリッタと呼んだカチューシャの女生徒は、信じられないとばかりに声を上げる。眼鏡の女生徒は呆れたようにため息をついていた。
「おほん、それでは早めに始めると致しましょう。ふふふ、ここに聖書が六冊あります。私の予想通り、この場には六人が揃いました。皆で聖書の音読をもって、太陽のもと、聖霊王に祈りを捧げるとしましょうか。本日は快晴。うってつけのお祈り日和ですね」
「えっ? グリッタ?」
マルゲリータ以外の五人全員が彼女に注目する。マルゲリータは、小さめの教科書サイズの聖書が六冊詰まった鞄を掲げていた。
ステラ、マーシア、フィオナの三人はともかく、彼女の取り巻きらも揃って目をぱちぱちとさせている。
「私達も行うんですか? これはフィオナさんの為の祈りでは……」
「私達も聖書を一冊丸々読み上げる機会って、あまりありませんよね。ですから、ちょうどいい機会だと考えていたんです。人に祈りを勧める際には、私共も同じく音読する。これで私共も聖霊王に祈りを捧げることもできる。私達にとっては利しかありません。そうよね?」
「ええまあ……私達も別に、聖書を読み上げることが億劫なわけではありませんし」
といいつつも、女生徒の眼鏡は表情筋に押されてひくついていた。マルゲリータは得意げにゆっくりと一度頷くと、その場の人間らに鞄の聖書を一冊ずつ手渡し始めた。
「では皆さん、聖書をどうぞ。お受け取り下さい」
「あっ、私にも貸してくれるんですね。ありがとうございますー」
「……ええ、まあ。例え生まれがなんであれ、努力を惜しまない姿を聖霊王は見逃しません」
「それって。うふふ!」
「いいから、早くお受け取り下さい」
「どうもー」
照れ隠しのように顔を背けているマルゲリータを見て、思わず笑い声を漏らしつつマーシアは差し出された聖書を両手で受け取る。
「あ、私は遠慮しておきます」
「え?」
ステラ以外の五人が声と首の動きを揃えた。口も皆一様にあんぐりと開かれていた。
「いや、すみません。私は生まれが生まれなものですから、それほど聖教を貴ぶようには教えられていなくて」
「あ、そういえば、隠し子って……」
フィオナが漏らした言葉を異端審問団は聞き漏らさなかった。揃って育ちの良い彼女らには衝撃が強かったらしく、思わず口をつぐんでいた。
「信心も疑わしい状態で、正当な儀式に参加する訳にはいきません。今回は後学のために、様子を見学させて下さると助かります」
「……ま、まあ、素晴らしい心がけかと思います。そのようなお考えをお持ちなのなら、やはり聖書は役に立つかと思います。こちらは差し上げます」
「あー、ありがとうございます」
ステラは聖書を受け取るや否や、異端審問団の三人の背後にある円テーブルの椅子に腰掛ける。そして早速聖書を広げていた。
「おほん。では、始めましょうか。……若きオスロスクよ」
マルゲリータが読み上げるのに倣って、ステラを除いた五人は程々に早めのペースで聖書の音読を開始した。
「まことに、キニンヴィはあなたから注がれた油を用いて」
十数分ほど音読を続け、若干集中力が欠けてきた様子のフィオナは、異端審問団の三人を挟んだ先にいるステラをちらりと見た。
ステラは今も広げた聖書に向き合っている。その姿に感心を覚えたフィオナは音読を続けながらも微笑みを浮かべた……と思いきや、目を大きく見開いていた。
フィオナは見逃さなかった。ステラが広げた聖書の上には、別の冊子が載せられていることに。それどころか、ステラは近くに手帳も広げて何やら書き込んでいた。
「トミントゥールは言った。何をやっているのか。奇跡を騙り」
「フィオナ。それ次の行!」
マーシアに小声で指摘され、顔を真っ赤にしたフィオナはそれから集中を乱すことはなかった。
「オスロスクは老いるまで各地の宿を渡り歩き、訪ね人皆に聖霊王の言葉を語り続けた」
最後の一文を読み終えて、五人は聖書をパタンと閉じる。その音を耳にしてから、ステラもそそくさとそれに続いた。
「皆さんの祈りを聖霊王は聞き届けて下さることでしょう。……お二人も、お疲れさまでした」
「あ~……つかれた……お腹すいた」
「マーシア……もう。みっともない」
「いで」
マルゲリータが終了を宣言すると、マーシアはぺたりと椅子に座っては机に伏せ込んだ。その後頭部をフィオナが指で弾く。
「貴女達は無事、祈りを終えました。私共の国でも、そうそう行うことではありません。ここは、私に食事の手配をさせて下さいませんか?」
「えっ、いいの? やったー! だったらサンドイッチが食べたいかな」
「時間も押しているので、サンドイッチは良いかもですね」
「ちょっ、グリッタ!?」
「彼女らは誠意を見せてくださいました。何か他意でも?」
「……いえ、私達には別に、その誠意を疑おうというつもりはありませんが」
「ならよし。ではクラリッサ、オリアーナ。サンドイッチを選びに行きますよ。六食分ね」
「ん? 私も頂いていいんですか?」
「……はっ? あぁ、もちろんですよ。遠慮される必要はありません。聖霊王のもとでは、励む者は救われるんですから」
「はぁ……どうも」
当然のことと考えていたようで、ステラが何を言っているのか一瞬、理解できなかった様子のマルゲリータ。彼女は顔を右の手のひらで覆う。そして左手をステラに突き出したと思ったら身を翻し、食堂のある学舎まで向かっていった。
「……これで良かったのでしょうか」
「いいのよ。貴女は学校にいられるんだから。それで」
「そうですよ。これからも、組紐の事を教えてあげて下さいね」
「なんで他人行儀なんですか!?」
フィオナは机に両手を突いてステラの物言いに抗議した。思わず口元に手を添えたステラは、一拍置いてふふふと笑い声を漏らした。
「お待たせしました。……ちょっと時間がありません、急いで口に詰め込みましょう」
「わぁ。厚く焼いた卵もいいけど、フィリングにして挟むのもおいしいわよね。優しい味付けが身に染みるぅ~」
卵フィリング・薄切りのハム・チェダーチーズ・スライストマトを挟み込んで、マヨネーズとマスタードで味付けされた、シンプルながら具だくさんなサンドイッチ。具の種類の割には、上品なサイズに留まっていた。一人分はそれが二つ。
「ええ、美味しいですね。やはり食事は妙にひねらないのが一番です。この具材選びのセンスはぜひ見習いたいところですね、ねえマーシア?」
「えうぅ……なんだかすごく責められている気がするわ」
「まさか。責めてなんていませんよウフフフフフフフフ」
「ごちそうさまでした。……皆さん、食事が終わっていない割に饒舌ですね?」
既にサンドイッチを平らげていたステラの言葉は、例え予鈴が響いていようとその他五人の耳にはよく届いた。ステラと、この後に授業を控えていないマーシア以外の四人は、サンドイッチで頬を膨らませながら、召喚術の授業を待つ教室へと向かって行った。
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