ちょっと甘めのチョコレート

「……カルカノ?」


「大型のブレンダーです。上級生の方から課題を出されていて、これから組紐を編もうと思っているんです」


「授業で使ったのなんて比じゃない大きさだよ。そういえばアイラちゃんは共同研究室に行ったことある?」


「いえ、ありません」


「奇遇だね。私もまだだ!」


 貴族が知らない事を告げる時は、堂々としなければならない決まりでもあるんだろうか。ヴァイオレットは元気よく片手を上に掲げて見せた。


「では、お二人も一緒に行きませんか? 良い設備があることが前提にあれば、今後なにかやりたいときに役に立つと思いますよ」


「ふふふ、そうですね。ぜひご一緒させてください」


「せっかくだから、ステラが組紐編むところも見てみたいなー」


「確かに。いい機会ですし、ぜひ御覧ください。と言っても私も、触り始めたところですのであまり技術には期待しないでくださいね」


 製図の授業が終わった後、僕は課題の組紐を編みにカルカノの元へ向かうつもりでいた。今日はフィオナさんが予約している日ではないけれど、普段の空き様を思えば今日も触れるだろう……なんて、希望的観測が多分に含まれた考えだ。埋まっていたらすごすごと引き返す事になってしまう。

 けれど、そんな心配も無用に終わった。

 

「うわぁ~……これも触媒の道具なんですね、大きい……」

 

「私もここまでの規模のは初めて見たよ」


 案の定、カルカノは空いていた。この分なら飛び入り使用も余裕かもね。


「そうそうお目にするものではありませんよね。他にもこのクラスの優れた設備がいくつもあります。私は起動準備をしないといけないので、その間にいくらか見て回ってはどうですか?」


「はい。それでは、お言葉に甘えて」


「また後でね~」


 二人は他の設備の見学に向かった。おそらく取るだろうアイラさんの初々しい反応を思えば、僕も付いて行きたかった。だけど、すでに済ませてしまったことだしなあ。やるべき課題も残っているし、そちらに集中しよう。僕はシリンダー保管庫から自分のを取り出して、カルカノにセットする。

 

 ……が、思ったより手間取ってしまった。作業中のシリンダーを取り付けるのが、こうもややこしいなんて。触媒入れと既に巻き上げた糸が入るシリンダーはそれぞれ独立している。新たに巻き上げた糸が既製の糸を繰り出す邪魔にならないように、つなぎ直すのがなかなか難しかった。

 

 そこで懐中時計をチラリ……まだ十六時をちょっと過ぎたところ。最近遅く帰ってばかりだったし、できるだけ頻繁に時間を気にするようにしている。まだ余裕はありそうだ。

 

「ふう、なんとかなった……」


「お疲れー。はいこれステラの分。私のおごりだぞー」


「あぁ! ありがとうございます」


 おしゃれなラベルが貼られたカップが一つ、ヴァイオレットの周囲をふよふよと漂っていた。彼女がカルカノの近くに備えられているティーテーブルまで近づくと、その上に降ろしてくれた。


 裕福な家の女生徒が多い学校ならではというか、ルディングの売店にはチョコレートの有名店が出張店舗を出していた。自慢のチョコレートをふんだんに使ったドリンクが目玉商品。まさに今置いてくれたヤツだね。

 

 このドリンク……確か、定食の一食分に近い値段で売られていたのを覚えている。一度くらいは飲んでみたくはあったけど、おいそれと手が出せる金額じゃない。けれど、侯爵令嬢であるヴァイオレットにしてみれば別だ。人におごるにしたって、彼女のお小遣いからしてみれば屁でもないだろう。


 ヴァイオレットは昔から、僕ら兄妹が彼女の部屋に訪れるたびに高級なお菓子を振る舞ってくれていた。それこそ、ひとくちサイズでこのドリンクと同じ値段がするような……。一度それらの値段を知って以降は、遠慮しがちになってしまいはした。けれど断ったりなんかしたら、無理やり口に詰め込もうとしてきたので、それ以降はしっかり頂くことにしている。彼女の選択に間違いはなくて、いつも美味しいし。

 

 そもそも、このような食品を返品しようというのは店側に酷だ。その上にそういった菓子類に比べたら、今回はずいぶんとマシな金額になる。結局、今回もありがたく受け取ることにした。

 

「あ、おいしい」


「ふふん、ステラは昔から甘めのお菓子が好きだったもんねぇ」


 そんなこともあって、ヴァイオレットにはお菓子の好みも熟知されていた。僕はチョコレートなら、カカオ分少なめのミルクが多いタイプが好みだ。この手元のドリンクは明るい茶色で、僕好みの構成のチョコレートであることは明らかだった。おまけに上には生クリームが多めに乗っかっていた。

 有名店ならではの質が良くて、好みにも合うこのドリンクがおいしくないわけがなかった。まだちょっと肌寒いこともある、この時期に飲むには少し冷たい気もするけれど。

 

 ヴァイオレットのやつは僕のよりも色が濃くて、上に載っているのも生クリームではなく、茶色がかったものだった。あれもチョコ味なのかなぁ。


「ん、これも飲んでみたい? いいよ。一口あげる」


 うっかりヴァイオレットのドリンクを凝視しすぎていたようだ。あらぬ勘違いをさせてしまった。そんなに物欲しそうな顔に見えたんだろうか? でも、勧めてくれるなら遠慮なく、一口頂いてしまおう。


「頂きます。……ちょっと苦い」


「あはは、相変わらずだね。代わりにステラの貰っちゃおっと」


「どうぞ」


「うん、こっちもおいしいね。たまにはこういうのもいいかなー」


 ヴァイオレットの顔が僕の手元に伸びてくる。元々彼女に貰ったものだし、断るつもりはさらさらない。僕の側からもカップを持つ手をゆっくり、彼女の顔へ近寄せていく。ヴァイオレットは自分では手にすることなく、そのままストローに口をつけた。

 

 それぞれが食べているお菓子を交換して、僕がヴァイオレットのを貰ったときに苦い顔をする。ここまでが定番の流れになっていた。

 だけど、僕とヴァイオレットとで飲み物を交換したのは初めてだったような。イレーナは二人ともと交換していたけどね。

 

「…………んん!?」


 ヴァイオレットが突然、はっとした顔をした。ヴァイオレットも気づいたのかな。この歳になってからこれはさすがに、ちょっとはしたなかったかもね。お互いに気をつけよう。と思っていたら……ヴァイオレットの顔がみるみる赤くなっていって。

 

「ど、どうしたのですか? ヴァイオレットさん」


 アイラさんも様子がおかしいのに気づいていて、ヴァイオレットの心配をしている。

 

「……ごめん、ちょっとそっとしておいて。今すごく複雑な感情が襲いかかってきてて……自分を疑う気持ちと、申し訳ない気持ちが強ぉぉぃ」


 そのままヴァイオレットは、ちょっと離れたところのベンチに腰掛けて、なくなりかけのドリンクをジュッとすすっていた。あんまり音を立てるのは、それこそはしたないよ。

 

 一方、アイラさんのドリンクは殆どいれたてそのまま。

 

「アイラさん、飲まないんですか? もしかして、そういうのは苦手でしたか? もしヴァイオレットさんが押し付けてしまっていたならごめんなさい」


「いえ……そうではないんです。綺麗だったから、飲むのがなんだかもったいなくって」


 お菓子って味はもちろんのことだけど、見た目も重要だもんね。

 アイラさんのドリンクは、僕らのとは違ってフルーツフレーバーのチョコレートが主体となっていて、パフェのような華やかさがあった。

 カップを横から見ると、クリームの白を始めとして、薄っすらとした緑、ピンク、黄色が層を成している。メロンや桃、柑橘類を思わせるようで、確かに綺麗だ。

 特にメロンを彷彿とさせる緑の蛍光色は、アイラさんの栗色の毛先の輝きを思わせるようで……あれ? 以前から彼女の髪ってこんな色だったっけ。最近染めたんだろうか。いいアクセントになっていて、なんだか格好いいね。

 

「そうだったのですか。でも、あんまりゆっくりだとぬるくなってしまいますよ」


「う、それは困りますね。それではそろそろ、頂きます」


 意を決したようにストローに口をつけたアイラさん。チョコレートをすすり上げるその表情が穏やかに、にこやかな微笑みを浮かべるまでにそう時間はかからなかった。

 

「あはっ。甘くておいしいです!」


「うわぁ……一気に減ってる……すごい」


「……あぅ」


 アイラさんは僕の放言を聞いて恥ずかしそうにしている……ごめんね。だけど、あの一口でクリームを除いた嵩が三分の一ぐらい減ったのを目にしてしまっては、驚いても仕方がないと言わせて欲しい。もし今後、ヴァイオレットが彼女とドリンクを分け合う機会があるとしたら、一応は注意しておかなければいけないかも?

 

 いや、さすがにもうこの年代の女の子なのだから、これは余計なお世話だ。人の分だとわかっていて多めに飲むような真似は働かないよね。またしてもイレーナの行いを持ち出して彼女を扱うところだった。いい加減にしっかり反省しないと。


「わー、ごめんなさい! 飲み方は人それぞれですから、気にしないでください。早く食べてしまうほうが鮮度もいいですし!」


「恥ずかしいです。でも、ミルクのクリームなんて本当に久しぶりに口にしまして……うっかり早く飲み過ぎちゃいました」


「あぁー……」


「地元ではミルクもあまり手に入らなかったので、いざ手に入ったときは家族で大事に飲んでいたんです。はるばる支援物資を運んできてくれていた商人さんには感謝しています」


 シュラムブルクまで支援物資?

 生存圏境外までそのようなものが持ち出されていたというのは初めて聞いた。勇気のある商人さんもいるものだ。いくら護衛も助成金が出るとはいえ、ミアズマのはびこる地に足を踏み入れるわけだからね。

 

「そうだったんですね。こちらでは市場に行けばミルクは大抵手に入りますから、今までの分もたくさん飲んでください……それはお金が許す限りとなりますが」


「ですよね。この飲み物もおいしいですけど、値段を見てびっくりしていました……」


 よかった。彼女も金銭感覚は僕寄りの人だ。お母さんの稼ぎからして、僕も自身に庶民的な感覚が備わっているとは言い難いけれど、この学院内では下の部類に入ると思われるからね。その辺りの感覚が近い人にはやはりなにかと安心感があった。

 

 安心したついでに懐中時計を取り出す……もう十分も過ぎてる!

 ただでさえ準備に手間取っていたのだから、そろそろ作業に取り掛からないと。

 

「さて、そろそろ編み上げを始めようと思いますんで、ヴァイオレットさんを呼んできては頂けませんか?」


「ついに始めるんですね。楽しみです! 声をかけてきますね」

 

 ヴァイオレットの姿は、先程から視界の端にチラチラと写り込んでいた。覚えている限りだと、頭をくしゃくしゃしたかと思ったらボーッと口を開けて放心したりなどしていたね。何が彼女をそんなに悩ませるのだろうか。

 アイラさんに呼びかけられ、すごすごとカルカノの辺りまで戻ってきた。ヴァイオレットは自分の顔をペチペチと両手で軽く叩いて気合を入れ直していた。その意気だよ。

 

 揃えばいつも、いつまでも楽しそうに喋っているヴァイオレットとアイラさん。だけど、僕がいざカルカノを扱いだしたら、二人は静かにその動きを眺めていた。やっぱり、二人が魔法を学ぼうとする姿勢は真剣なんだ。

 これで僕が下手な作業を見せたばかりに、学習の妨げになってしまっては申し訳が立たない。最初に目にするものは、お手本となるもののほうが良いからね。これでも試作品の段階ではフィオナさんにお墨付きを貰っているんだ……及第点ぐらいだけど。

 規模が大きくなっているだけで、要領は同じだ。同じ手順をしっかり守って、丁寧に編み上げていこう。

 

 ところで、フィオナさんは、触媒を解いた糸をある程度ストックすることもなく、直接編み上げに使っていた。それはつまり、糸への加工、組紐の編み上げという二つの作業を同時に行っているということになる。僕の目指すところもそこだけど、これはカルカノを目にしてから出来た目標だ。流石にまだできっこないね。

 

 そもそも、僕のブレンダー『キアロ・ディット』では、構造的に同時作業ができない。いい道具だけど、カルカノとは規模が明らかに違うのだから仕方がない。これまでは同時にやろうという発想自体が浮かばない環境だった。やっぱり学校に通うと違うなあ。

 

 僕には糸を作りながら編み上げることは出来ないけれど、どうせできるのならと複数の触媒を同時にバラしてみていた。試みは成功だった。これからの作業速度が上がりそうだ。それと同時に、現在の実力も把握できた気がする。糸に変えられる速度が触媒によってマチマチなので、統一させられないことには編み上げまでをも並行する、なんてことは少し厳しそうだ。

 

 実際に組紐を予定の二割ほどを編み上げたところで時間が来てしまった。懐中時計を見る。もう十七時を回っていた。そろそろ片付け始めないと、また帰りが遅くなる。

 試作品の要領を忠実に再現するだけ。と、思っていたけれど、それでも意外と大変なものだ。

 今編んでいる物は、いつの日かフィオナさんが見せてくれた、大蛇クラスのものではないにしても、完成したらリコーダーぐらいの太さ・長さになるだろうか。組紐としては十分に大物といえる規模で、やはり普段の手のひらサイズとでは勝手が違うみたいだ。

 

「これでよし。今日のところはこの辺りに留めておこうと思います」


「お疲れ様です。これは、何に使える組紐になるんですか?」


 労ってくれたアイラさんが、うずうずとした様子で質問をしてきた。ブレンダー自体の説明は触媒の授業のときにあったので、僕は手を動かしながらカルカノの特色を解説するに留めていた。

 

 その後僕は特に言葉が見つからず、黙り込んでいるうちに集中してしまったが、アイラさんはずっと僕の作業を眺めていた。この様子だと、いつ頃からその質問をしたかったのだろうか。集中を削がないように控えていてくれたんだろうね。


「暗視効果ですよ。街灯のないところでも問題ないぐらいの効力を目指しています」


「まぁ! そんな便利な魔法があるんですね! シュラムブルクにいた頃に使えれば、夜も安定してミアズマを見つけられたでしょうに」

 

「終わった? 今どんな感じになった? 見せて!」


 ヴァイオレットは流石に、僕の作業の進展を見守りつつ読書をしていた。薬学の本を閉じて、カルカノの方に駆け寄ってくる。実際に作業をしている僕でさえ、糸作りなんかでは軌道に乗ったら必要量が出来上がるまで、退屈なんだ。だから当然の反応だった。むしろうまく時間を使っているといえる。アイラさんは逐一、糸がシリンダーの中に溜まっていくのを楽しそうに見守っていたけど、いつか慣れるよ。

 

 シリンダーを取り外すところまでを見届けてもらって、それでお開きとしよう。

 用意よりはマシでも、片付けにもやっぱりそれなりに時間がかかった。現状ではカルカノを触ると他の自習が出来ないから、考えものだなぁ……手早く準備できるようにしなければ。

 

「はい、私が教えて貰ったのはこんなところでしょうか」


「楽しかったです。教えてくださって、ありがとうございました。いつか私にも使えるといいなぁ」


「もうちょっと私が慣れたら、三人で一緒に触れてみましょう」


「おおっいいね。私も何か皆に共有できる物を見つけないと……」


 今度はヴァイオレットにも気配りができたかな。ここで『二人で』だなんて言っていたら、製図の時のように、またすねてしまっていたかも知れないし。

 

「私もまずは、普通のブレンダーから使えるようにしようと思います。では、研究室に行きますのでまた明日!」


「遅くならないうちに帰って下さいね~」


 研究室に入ったきり、帰らない人がいることも知っているけど。


「また明日~。ふう、私はさっさと帰ろうっと、ちょっとでも遅くなるとすぐお迎えが来ちゃう」


 ヴァイオレットはさすがに帰るようだ。いくらいい薬が出来たといっても、無理は禁物だからね。

 

 さて。彼女が帰るその場に居合わせておいて、ぼけーっと見送るわけには行かない。彼女は、お母さんが使える家のお嬢さんなんだ。前は逃げ出してしまうぐらい余裕がなかったけれど……。事情を知っているどころか、協力してくれているぐらいなのだから、やっぱりできることはするべきだよね。

 

「別荘までお送りします、ヴァイオレットさん」


「えっ、いいの? あの子が待ってるんじゃ……あ、いや、そうだね。ここはステラにお願いしよう」


「どうぞご遠慮無く」


 なんだか微妙に歯切れが悪かったけど、結局提案を受け入れてくれた。


「ねえねえ」


「はい? どうなされましたか」


「んもう。そんな可愛い声じゃなくて、ステファンの声を聞かせてよ」


「ええっ!」


 確かに、学院から五分は歩いてきて、人気はまるでないけれど。辺りもすっかり暗くなっていた。

 

「……でもこれ、地声とあんまり変わらないよ」


「あはっ、ステファンだ。久しぶり。全然声変わりしないしねぇ」


 ヴァイオレットは今日一番の笑顔を向けてくれた。

 学校じゃあそりゃ、努めてイレーナっぽく振る舞っているつもりではいる。だけど、声はお母さんにも間違えられるんだ。あえて作る必要はないんじゃないかと考えている。

 それでも声がなんか違うとしたら、今敬語をやめたからだ。敬語を使うと、意図せずともなんだか声が高くなることってあるよね。


「久しぶりどころか、毎日顔合わせてるよ」


「ごめん。違和感なさすぎて、ついイレーナ……というか、『ステラ』って親戚が本当にいるみたいに感じることがあって。あー、今ステファンとしての声が聞けてよかったぁ。うん、ここにいるのはステファンだ」


 さぞ安心というように胸を撫で下ろしている……からかっているだけだよね?


「というけどさ。イレーナと聞き分けられるの?」


「そりゃもう余裕……のつもりだったんだけどなぁ。目の前で二人とも『ステラ』として振る舞われたら多分わかんない。さすが兄妹だね!」


「性別が違うんだけどなぁ、おかしいなぁ」


「まぁ、今の形で通学できるのはそのお陰じゃん? 喜んでいいんだと思うよ」


 イレーナと成り代われるのは、そっくりな容姿あってのものだしなあ。複雑だけど、ヴァイオレットの言う通りだった。あの子にのびのびと召喚術をやらせようと思ったら、この形が一番……なのかな? 考えればなにか、もっといい案があった気がしなくもない。

 話をしているうちに、別荘の門が見えてきた。

 

「もうここまで来たら大丈夫だよ。ありがとね、ステファン」


「このぐらいどうってことないよ。むしろごめんね、いつも送っていけなくて」


「気にしないで。ステラはあくまで年下の親戚。出席してる授業が違うんだから、帰る時間もずれてくるよね。いくらなんでも、毎回送ってもらってたら変だよ」


「それもそうだね……学校にいる間は、甘えさせてもらうね」


「よろしい。家の外でステファンに戻りたかったら、いつでも別荘にも来てね。学校だけじゃなくて、別荘でも甘えていいんだぞ?」


「ありがとう。いつか自分を見失いそうになったら寄らせてもらうかも」


「怖いことを言うね……じゃあこの辺で。ばいばーい!」


 ヴァイオレットは足取りも軽く、手を振りながら僕から離れていく。門の前に立つ守衛の女性に声をかけていた。この時間までお疲れ様だ。

彼女が門の奥に行ってしまうまで、僕は見送っていこうと思っている。だからちょっと守衛さんと話をしているのを眺めることになった。

 

 ふと、ヴァイオレットが僕を指差してきた。遅れて守衛さんが口に手を当ててびしっと背を伸ばしていた。……大層驚いている様子だけど、まさか余計なことは言ってないよね?

 

 …………そして、すっかり忘れていた習慣を思い出した。懐中時計を手にする。もう十八時を回りそうだ。結局、家に付くのは最近の平均ぐらいの時間になりそうだった。今日もまた間に合わせでご飯を作るけど、週末はまたお菓子を用意してあげないとなあ。

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