学院のお昼休み
二人とは触媒の授業も一緒だった。当然、一緒にくっついて出席する。例によって、流石に新学期早々、高いレベルで授業を行うわけではないらしい。おさらいとでも言うべきか、基本的な触媒の学習に尽きた。けれどペースは決して遅くはない。気を抜いているといつの間にか未知の範囲に話が及んでいる、ということになりかねない。授業の進度には気を張っておきたい。それでも相変わらず目新しいものはなく、正直退屈だった。
けれど、必死にノートを取るヴァイオレット。取り上げられる触媒に逐一「そんな用途が……」だなんて漏らすアイラさん。二人を眺めていると、眠気は全く起きなかった。まるで保護者の観点だけど、何歩かリード出来ている今の間だけの楽しみだから許して欲しい。才能ある二人のことだから、すぐにも立場は逆転するはずだからね。
二限の終わりを告げる鐘が鳴る。三限の前には昼休みがある。今日はイレーナの食事を用意してきたし、そのついでに自分のお弁当も持ってきていた。二人を撒く理由はどこにもなかった。
「アイラさん、昨日はすいませんでした。今日はお弁当を持ってきているんで、よかったら三人で一緒にお昼を摂りませんか?」
「いえっそんな。妹さんのお食事の用意は大事なことですから、気にしないでください。でも、今日はご一緒できるんですね。よかった」
「あぁ~、私のことも元から頭数に入れてくれてるんだね。その前提とされてる感じがとっても嬉しい」
アイラさんは提案を快く受け入れてくれた。一方、ヴァイオレットの態度はなんだか、やけにねっとりしていて気持ちわ……おほん。ヴァイオレットがまともに通学できたのは、ルディングが初めてのことだ。それも、生まれつきの病のせいで長時間の外出が難しかったせいだ。本人から「外に出たい」という類のワガママが飛び出たという話は聞いたことがない。ヴァイオレットも観念していた部分はあるのかもしれない。
だから、たとえお屋敷に遊びに来る人がいても、遊びに誘われることはなかっただろう。けれど、子供故に配慮が行き渡らないこともあって……。遊びに行った話。これからどこへ行くかを相談する話。これらをうっかり、ヴァイオレットの前で始めたところを、僕もお屋敷に呼ばれていた時だけでも何度か見かけた。そのたびに別の遊びを提案するなどして、流石に目の前で語るのはやめさせた。けれど、その時の疎外感といえばどれほどのものだったのだろうか。
「わざわざ省く意味がありませんって。それとも用事がありましたか?」
「ないよ。ステラとの食事を差し置ける用事が、この世のどこにあるっていうの?」
「ありますよいっぱい。例えば通院。一度ぐらいは自分の足で病院に行ってみたいって言ってませんでしたか?」
ヴァイオレットは侯爵令嬢。仮に持病が無くたって、ちょっと熱を出したぐらいでもお医者さんのほうが飛んでやってくる立場。現実には主治医が付きっきりだ。それ故にあえて自分で行く必要もなかった病院には、謎の憧れを持っていたということを聞いている。
「うっ。その望みは叶ったけど……、お医者さんは嫌じゃなくても、病院はちょっと雰囲気が苦手だったかな。将来絶対改善しようと思う!」
「通院、ですか……」
あ、アイラさんが置いてけぼりを食らってる。ヴァイオレットの身体の事情はまあ、ひと目見ればわかることではあるけど。知名度の低い難病だし、単に染めていると思われているかも知れないよね。どう伝えたものか頭の中で整理しているうちに、ヴァイオレットが自ら告げた。
「ああ。魔力が偏る変な病気に罹っていてね。いい薬ができるまでは半分寝たきりみたいな時期があったの。この髪色はその病気のせい」
「ええっ!? それは、大変だったんですね」
「今はもう平気だよ! やっと学校に通うのも認めてもらえたし」
「気を抜いてはいけませんよ。副作用がないわけではないんでしょう?」
「副作用? あるね。一日一回はステラの顔見ないと気が済まなくなるっていう」
「あーそうですか。休日が来たら大変ですねー」
「あっそこまで考えてなかった。こりゃ休日にも顔合わせてもらわないとだ!」
「無茶言わないでください」
入学する前に会ったときよりも、ヴァイオレットは冗談を言ってばかりだ。元気が有り余っているんだろうね。
休日に顔を合わせるとしたら、ステラ、ステファン、どっちとしてだろうか……やっぱりステラとして、だろうなぁ。そのまんまの顔がウィッグもなしの男の格好で、ヴァイオレットと一緒にいるところを同級生にでも見られてしまっては、言い訳がつかない。なんせ、本来は男だからね。実は故あって男装をしていた。なんて言い訳が通用しようはずもないし。そんなのむしろ、通じて欲しくないし。
「あはは。お二人はとっても仲がいいんですね」
「このやり取りから何を感じて、そう思ったのですか……」
「軽口を飛ばし合っても大丈夫というか。強い信頼を感じます。親族とは疎遠どころか、ご近所付き合いもなかったので憧れます」
「じゃあせっかく学校に来たんだし、もっと友達作らないとね!」
「はい! お二人が仲良くしてくれて、今はとっても嬉しいです」
アイラさんは屈託のない笑顔を浮かべていた。その調子なら、他に友人を作るのも問題なさそうに思えた。けれどアイラさんはそれまで、ご近所付き合いといえばミアズマ、という生活を送ってきた人だ。その生活のせいか、隙があればどんな話題からでもミアズマに繋がってしまう変な個性を身につけていた。
彼女のミアズマトークはちょっと生々しすぎるからね。比較的安全なところで生まれ育ったであろう同級生たちを驚かせないよう、フォローを忘れないようにしなければ。せっかくの学校生活が台無しになってはもったいないからね。
お昼だけど、二人はお弁当を持っていないようだった。下宿しているらしいアイラさんはともかく、ヴァイオレットは今の住まいが別荘とはいえ、使用人の方になにかしら用意されててもおかしくないだろうに。まあ、荷物にはなってしまうし、そこらを嫌ったのだろうか。
というわけで、二人は食券を買いに向かっていった。間が良かったようで、それほど待たされることもなく、お盆に食事を載せて戻ってきた。
僕のお昼はサンドイッチ。手間の少なさは正義だ。具材を切って挟むだけでいいなら、そんなに早起きしなくても用意できるからね。
イレーナの分は冷蔵庫に入れてある。保冷できる環境なら傷む心配もないので、あっちには苺を挟んだやつも含めておいた。帰って感想を聞くのが楽しみだ。
いい機会だから、二人のお盆も確認しておく。ヴァイオレットは鮭のムニエルにサラダ、フルーツゼリー。主菜・副菜・デザート・パンを揃えたバランスよく豊かなメニューだ。総額、千三百レジン。食堂の値段設定は、僕の感覚で言えば若干高いけど、これだけの物が食べられるなら納得できそうな具合かな。
実際、かなり舌が肥えているはずのヴァイオレットが、ちぎったパンにムニエルのソースを付けて食べている。ソースまで綺麗に食べてくれるというのは、料理をする人からするとなかなか嬉しい出来事だ。これは期待できそうかも……! お弁当を持ってきた日も、何か一品別に注文するのも良いかもしれない。
アイラさんのは、ハムや沢山の生野菜をマヨネーズ主体のソースで和えた冷製パスタ。確か八百レジンぐらいだったかな。こちらは比較的お手頃だ。市井の定食からすればやっぱり少し割高かもしれないけど。
が、お皿には載っていたと思うんだけど。
「え、もう食べ終わったんですか」
「あ! すいません、いつもの癖でつい」
僕もヴァイオレットも食べる速度は人並み。アイラさんのパスタが姿を消したのは、僕らが大体半分ぐらい食べた時点でのことだった。
「大丈夫だよ、ここは学校。ゆっくり食べたって誰も急かしはしないよ」
「……そうですよね。うん、これからはもっとゆっくり食べます」
あ、そうか。単に食べるのが早いだけと思っていたけれど、ちゃんと理由があったんだった。いつミアズマが現れてもおかしくない環境に過ごしていたのだから、食事を摂ろうにも落ち着いてなんていられないよね。本当に何に関しても、ミアズマが浮かび上がる人生を送ってきたことがよく窺える。
せめて学生生活を送っている間だけは忘れられるよう、僕も手助けをしたい。僕らが食べ終わるまでも、程よいペースで話題を振りつつ、にこにことしていたアイラさんを見ているとそう思えた。
「えー。ステラ、攻撃魔法取ってないの?」
「召喚術を取っていれば単位は大丈夫ですし、他の分野に集中しようと思うんです」
「そうだったんですか。日用魔法のとき、興味がありそうでしたからすっかり取っているのだと思っていました」
「あはは……実際に学んだ事はあるんですけど、恥ずかしいことに才能がないみたいで」
「二重で残念だね。まあ、また四限に会おっか」
「はい。また後で」
お盆を片付けて、食堂を去っていく二人を見送る。このお昼までの間に、二人はすっかり打ち解けられたようだ。友達の友達と二人だけになったときって、気まずくなりがちだけど、そんな雰囲気は二人の間に窺えなかった。
仲良くなったきっかけが僕の困り顔を面白がって、というのは納得がいかないけれど、彼女らの境遇を考えれば友達が出来たことを喜ぶべきだろう。
さて、この後の時間はどうしようかな。ルディングの昼休みはそこそこ長い。お昼を普通に済ませるだけなら、半分の時間もいらない。一度帰るのもいいけど、まだ制服のもう一着が届かないので、イレーナは登校できない。勉強してると思うし、そうなると帰ったら多分うっとうしがられる。
それも寂しいし、なら研究室で勉強……あ、そうだ。まだ共同研究室を見に行ってなかった。今後、僕が実験をするとしたらメインで使うのはそちらになるだろうし、早めに視察を済ませてしまおう。
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