園芸室でエンゲージ

 あそこになっているのはカルダモンだろうか。あれはパンやお菓子に使うのもいいが、コーヒーに混ぜると良い風味が出る。

 ……いや。カルダモンは立派な香辛料ではあるけど、ここでは触媒として育てられているんだ。他の触媒が劣化していくのを防いでくれる、重要な触媒だからね。栽培に割かれている面積も広い。

 

 根っこしか見たことはないけど、生姜と名札を垂らした葉がなっているのも見える。あれを使った味付けの豚がなかなかにいけるんだ。冷めても味が落ちないし、今にもお弁当のメニューに採用したくなる。

 すっかり僕は、口の中に生姜と豚の風味を思い出させながら、周囲の生徒とはまるで違う目で触媒の菜園を眺めていた。

 

「また生姜焼きやりたいなぁ……ん?」


 遠巻きに、きゃっきゃと談笑をしながら花壇を眺める新入生の一団が見えた。彼女らの制服には各所に桃色の刺繍が施されている。制服に学年ごとに異なる色を取り入れているので、この距離からでも同級生だと一目瞭然だ。 

 皆、同じ制服で身を包んではいるが、町民の娘が同じ様にしても真似ができないような気品があった。学費が高い以上はいい所のお嬢さん達ばかりが入学してきているんだね。所作や、髪の手入れに用いる品物の差なんだろうか?

 僕もあの域を目指して身繕いをしなければならないと思うと、頭痛がする。それくらい、彼女らの風貌はこの園芸室の中でも、とりわけ華やかな一角である花園の中であってさえ映えていた。

 

「ヴァイオレットさん、見て! 綺麗にジンチョウゲが咲いてるわあ」


「ほんとだ、綺麗! もうこれ以上ないくらいの満開だね。絶好の採取日和なのに学校の人は何やってるんだろうね! 一番いい状態で干しておかないと、うがい薬にも使えたもんじゃなくなるのに!」

 

 それにしても、早くも仲良しグループを作っているんだなあ。僕もそれなりに話ができるくらいには、仲のいい友達ができればいいけど……。何せ、性別を偽っているような身分なので……。

 作れたとしても仲良くなるにつれて辛さ、申し訳無さが増しそうで、友達作りに関しては億劫気味だ。ただせめて、アイラさんとは無理なく接していけたらいいな。

 

 というか、入学式になってようやく気付かされたことだけど……この学校、男子生徒の数が異様に少ない。僕ぐらいの年齢の男子が魔法を学ぶとしたら、多くの場合は軍学校を選ぶ。家の身分が高いほどその傾向が強くなる。

 そして、ここルディング魔法学院は、目玉が飛び出るような学費を必要とする学校だ。たとえ女手一つでも、騎士家庭としては稼いでいる方のウチでさえ一人分しか捻出できないくらいだ。通っている子息子女の家系で、資産がウチ以下の者を見つけるのはなかなか難しいだろう。


 ……そう、入学式で僕が気付かされたのは、今年の新入生にはおそらく、男子の制服を着た男子生徒は、殆ど見かけられなかったことだった。男子生徒が全くいないわけじゃないよ。服装を限定しないなら、ここにいるからね。一応。誰もそうは見ないけれど。ぐすん。

 

 ともあれ、女生徒として同性とどう付き合っていけば良いかもわからない。同性特有の視点で違和感を持たれて、正体を看破されても問題だ。男女比については喜ぶべきなんだろうか。異性の視線とどちらが危険なのか判断が難しいところだ。

 

「こっちはなんの蕾かしら。真っ白……というには、ちょっと緑っぽいわね」


「エルダーだよ! 変わり種だけど、根・茎・葉・花全部に薬効がある、余すところなく使える植物だね。自学自習してたころはよくうちで育ててたやつで練習してたよ」


「まあ! ヴァイオレットさんって、自分で植物のお世話をなさっているの?」


「ええと、それは~……使用人がやってる」


 いくら彼女らが眉目秀麗とはいえ、別にいつまでも見つめているつもりはない。学生の本分は勉強だからね。一瞬だけちらっと見た後、僕の視線は早々に周囲の香辛料群に向かっていた。

 けれど、話し声だけはそういうわけにもいかず、ちらほらと耳に入ってくる。


 どうやら、花の美しさを語る周囲とは、どうも違う視線で熱を込めている子がいるようで。薬学を専攻する生徒でもいるのだろうか? とっても話を聞いてみたいが、いかんせん一歩が踏み出せない。興味を惹かれた僕は、香辛料の木々の間から再度、話題の中心に立つ少女を眺めてみる。

 

「実がなる頃には皆も十五歳を迎えてるだろうし、大手を振ってワインの製作に使えるね。来年度ぐらいに皆で飲んでみよ……お?」


「あらヴァイオレットさん、どうしたの?」


「うーうーん、なんでもない。ふへ」


「なんでもないのに笑うなんて、おかしなヴァイオレットさんね!」


 びっくりするほどいやらしい笑みが帰ってきた! とっさに顔を引っ込める。なんの気無しに顔を出した野次馬根性が、最悪の形でしっぺ返しをもたらした。

 

 あの子、ウチの親が仕えてる家のお嬢さんじゃん。

 

 彼女の名はジャネット・ヴァイオレット・ラガヴーリン。

 このルディング魔法学院がある町ルディングが属する国家・ルイステンにおいて、暦が三桁の頃から続く、侯爵家の長女だ。このルディングの町だって、このラガヴーリン家の領地だ。


 よく見ればすぐに気付けていたことだった。最初は光の加減のせいか、目がおかしくなってでもいたのだろうか。彼女が菫のミドルネームを与えられているのは、誰が見ても忘れようのない、生まれ持った性質を持っていたからじゃないか。昔から何度も目にしている、彼女の菫色の髪を脳裏に浮かべながら、もう何度目かという反省を繰り返していた。

 

 知り合いにあったらこんなの一発でバレるじゃないか!

 あろうことか、相手は兄妹共通の、家族共通の知り合いだ。できるだけ接触は避けるに越したことはない。

 

 ステファンとしては、三年後に挨拶をするから! ちょっと、しばらくの間は距離を置かせてもらえてないかな……? ここにいるのはイレーナ、いや、ステラだ。あの子が知っているはずのない女の子なんだ。

 祈るような気持ちで園芸室から足早に立ち去った。本来目を通しておきたかったはずの、菌類のことも忘れたまま。

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