第7話    最初の野宿

 ユミリンと愛犬ロビーの旅は、始まったばかりだ。これからどのようなドラマがユミリンたちを待ち受けているのか誰にも分からない。


 本物の月を見るためには、いくつもの上層階を通り抜けなければならない。


 階ごとに趣向が違っている。居住区はどの階もほぼ変わらないが、その他の部分が異なっていた。現代でも商店街とか工場街とかあるが、そういうものが特化した階があるのだ。もちろん、そこで働いているのは人間ではなく、様々な形をしたロボットである。


 ユミリンは人間よりもロボットの方が好きだった。自身がしゃべれないこともあり、黙々と働くロボットに親しみを感じていた。働く━━たしかにロボットは、働くために作られていた。無益なロボットは存在しない。ペットであるロボットでさえ、何かしら機能が備わっていた。


 たとえばユミリンの愛犬ロビーには、耳の聞こえないユミリンのために人がしゃべる言葉を文字にして示す装置がある。ユミリンはそれを見て、キーボードで返答をする。

 また、ロビーには通信機能があり、たとえば何かあった場合、ただちに電脳に伝えることができる。電脳はこのビルの神様的存在で、すべてのことを知っていた。そして、すべてのロボットを操作できた。


 電脳もロボットと同じように機械である。機械である以上壊れることがある。しかし、電脳は一台ではない。無数にあるのだ。そして、どこか支障があれば(通常、ありえない信号が出れば、それはバグか機械の故障である)必ず発見され、それを取り除く、あるいは修繕される。

 このように、電脳は人間の代わりとして、賄賂のない最も公正な指揮官であった。


 さて、ユミリンは最初の野宿をどこにしようかと迷った。居住区では、人がたくさんいるので、野宿をするのがはばかられた。もちろん、できないことはないが、ユミリンを心配して声を掛けてくる者もいるだろう。聾唖者のユミリンは、それが疎ましかった。


 公園が比較的好ましかった。夜になれば、ほとんど誰もいない。だから どこでも好きな場所で、横になることができる。公園には人工の芝生が敷かれていて、アルミマットも必要なかった。寒くないから、毛布をロビーの背中にかぶせれば、カーテンの代わりにもなった。それはつまり、ロビーの体の下で休むということで、ロビーはユミリンにとって家であり、カタツムリの殻の役割をするのだ。


 因みに公園には、たいていホームレスの人がいる。この時代、ホームレスというのは原則ありえないことだった。なぜなら、働く必要がないから、住居も無償で貸与されているからだ。その上で、ホームレスになる者がいる。自由を求めてか、キャンプ程度では満足できないからか。しかし、犯罪を犯す人はまずいない。食が保障されているからだ。マイナンバーカードがあれば、どのレストランでも食事ができた。ホテルにも泊まれるのだ。


 誰でも手軽に旅行ができる。それでユミリンは、後になって、ビルの中を彷徨い暮らす若い青年詩人と知り合うことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る