第5話 旅立ち
ユミリンは真夜中、孤児院を抜け出した。一週間分の着替えを愛犬ロビーの背中に積んで。
本物の月と星を探す旅である。
ユミリンの想像ではこのビルの屋上に、月と星があるはずだった。だから、上へ上へと進めばいい。
エレベーターも階段もある。エレベーターを使えば早く天井に到着する。が、ユミリンは階段を選択した。旅なのだ。できるだけ自分の足で進みたかった。
いろんな景色を眺めたかった。階ごとに景色が違っている。
ユミリンは、今までほとんど旅というものをしたことがない。遠足で、湖に行った程度である。
愛犬ロビーがそばにいれば、恐いものは何もなかった。夜はロビーの下で眠ればいい。毛布も用意している。気温は一定だから、風邪をひくこともない。またインフルエンザのようなウイルスも、ビルの中にはない。ビル全体が殺菌されているのだ。
食べ物はどうするのか、と疑問に思う人もいるだろうが、このビルの中にはレストランがあちこちにある。マイナンバーカードを使えば、ロボットが料理を持ってやってくる。このカードさえあれば、何も持たずに旅行ができる。簡易ホテルもある。が、ユミリンは野宿の方が好きだった。シャワーを浴びたい時は、スポーツ施設に行けばいい。お金の要らない時代だから、すべてが無料なのだ。
それでは施設を無断で抜け出して、追手が来ないのか、と思われる人もいるかもしれないが、施設はロボットが管理している。人間が一人減ろうが増えようが、一向にかまわない。その人数に応じたことをするだけである。
前にも言ったように、監視社会だから、ユミリンが今どこにいるのか、すべて分かるのだ。では誰が監視しているのか、と言えば、電脳である。隙間なく監視カメラがあり、センサーもある。マイナンバーカードの電磁波で、居場所が分かる仕組みとなっていた。
ユミリンが何か犯罪をしないかぎり、旅を中断されることはない。
つまり真夜中にこっそり施設を抜け出す必要はなかったのだ。
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