第4話  ユミリンが知ったこと

 本の好きなユミリンは、よく愛犬ロビーを連れて図書館へ行った。ロボットの愛犬は、ユミリンの良き相談相手であり、そして、ユミリンのボディーガードでもあった。


 ボディーガード━━といっても、この時代は犯罪というものが極めて少なかった。


 また、驚くほど自由な社会だから、仮に犯罪者として裁かれることになっても、犯罪者には二つの選択が許されていた。


 一つはビルの地下にある刑務所行き。刑務所といっても労役があるわけではない。人間は仕事をしてはいけない法律があったからだ。なぜ、そんな法律ができたのか。

 仕事をすると、そこに上下関係ができる。他人の仕事を羨む。つまり、争いのもとになるからだ。したがって、看守も人間ではなく、ロボットが囚人を見張り面倒を見ていた。

 囚人は地下のエリアから出られないというだけで、かなり自由であった。


 もう一つは、電子治療を受けること。人間の欲望を、一切排除する治療である。これを受けると、もぬけの殻のようになる。生きる屍と言ってもいいだろう。人畜無害だが、感情に乏しく、人生に意義を見出すことができなくなる。

 学習も欲望の一つであるから、即ち向上心がないということだ。

 治療が終われば、すぐに一般の居住区で暮らすことができる。


 因みに、裁判官もロボットであり、犯罪者を確保するのもロボット警官である。ということは、ロボットが人間を支配しているのかと思われるかもしれないが、大本にあるのは電脳である。巨大な電脳がビルのあちこちに置かれていた。それらがケーブルで連結され、常に情報のやり取りをしている。

 そして、前に言ったように、監視社会であるから、犯罪行為は直ちに最寄りのロボット警官へと伝わる。誰が何をしたか、動画となって保存されているのだ。


 ユミリンは、図書館の匂いが好きだった。紙の本のその独特の匂いである。もっとも、ここにある本は、どれも大昔からある本で、修繕を繰り返して今にあるのだ。


 取り分け、ユミリンは画像のある本が好きだった。一目見てすべてが分かるからだ。文章だけの本は苦手だった。たとえば音に関するものがよく分からなかった。

 犬がどう吠えるのか、鳥がどう囀るのか、ユミリンには想像のしようもない。画像であれば、想像する必要もない。

 

 子供のころから宇宙のことにユミリンは興味を持っていた。月や星が好きだった。竹取物語は、ユミリンの一番の愛読書で、かぐや姫が月に帰るシーンに、いつも心を動かされた。

 それでユミリンは、よく夜空を眺めた。

 孤児院から、ちょっと離れたところに公園があり、そのベンチが、ユミリン専用の天体観測所だった。


 月や星が、手を伸ばせば、届きそうな感じで、いつも輝いていた。そして、流れ星が定期的に流れた。

 だが、不思議なことに雨の日はなかった。曇りの日も。

 昔の小説には、頻繁に雨のことが書かれているので、ユミリンは不思議に思っていたが、しかし、あの空が本物の宇宙だとずっと思っていた。

 偽物だと分かったのは、バビルの塔の図を見てからである。


 バビルの塔には空中庭園がある。それは作り物である。ならば、自分がいつも見ている星月夜も作り物ではないのかと。


 そして、ユミリンはあらゆる文献を調べ、やはり作り物であることを確認した。


 それ以来、ユミリンの頭にあるものは、本物の月と星。それを、この目で見届けたいという思いのみであった。


 旅に出よう。愛犬のロビーを連れて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る