第3話  読書

 ユミリンは孤児院で暮らしているが、その生活を一言で表すとしたら、自由。

 聾唖者というハンディはあるものの、それがむしろユミリンを自由にしていた。というのも、話しかけてくる者がいないからだ。普通、ユミリンの年ごろであれば、誰かと他愛無いことを語り合って時間を浪費するものだが、会話のできないユミリンにはそれがなかった。

 一人、空想の世界で時を過ごす、それがユミリンの日常であった。


 因みにこの時代は、学校というものがない。働かなくても生活できるから、何かを学ぶ必要がないのだ。よって、知識や技能といったものが欠如していた。


 スポーツは各種ある。生涯、それに打ち込む人もいる。が、プロ選手は一人もいない。指導者も単なる趣味に過ぎない。それはお金というものが存在しないからだ。そのお陰で、強盗も身代金目的の誘拐もない。いたって平和な世界ではあった。


 みな平等に暮らしていた。貧富の差がない。それは良いことなのだが、その反面、金太郎飴のような生き方を強いられていた。

 一年後も十年後も大して変わらない。どの家庭も同じで、ドラマがなく、だから映画も演劇も成り立たなかった。


 ただ、人間には向上心があるから、絵画や音楽にはまる者がいて、詩や小説を書く者がいる。人間に前頭葉がある限り、そういった創造性のある趣味は廃ることはない。

 ユミリンは読書であった。


 本の出版は、この時代にもあった。しかしそれは、個人の趣味範囲で、小規模であった。昔のガリ版のようなものだ。パソコンで簡単に作ることができる。製本はロボットがやってくれる。


 先ほど言ったように、この時代にはお金というものがないから、本を作って売るという行為はなかった。純粋に本が好きなのだ。もちろん、無制限に作れるわけではなく、一年に何冊と制限があった。それでも、自分の本を作るという行為は、最高の喜びであった。


 図書館もある。が、司書がいるわけではない。すべてコンピューターで管理されていた。本を借りたい人は、マイナンバーカードを機械に読み取らせる。返却日が近づけば、各家庭に配備されている連絡版(パソコンの画面のようなもの)に、あと何日と記される。延長もできる。

 仕組みはインターネットだが、世界と繋がっているわけではなく、このビルだけで通用するものだ。


 インターネットは、言い換えれば監視社会である。一人一人の動向がすべて把握できる。つまりこの巨大なビルは、電脳によって支配されていた。

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