第37話 雪菜と夜斗と事務所

事務所は悪名高いところだった

夜斗はまず、個人として電話をかけてみたものの、5時間ほど待たされた上で電話を切られた

そして次に冬風と名乗って電話をした結果、上司に変わったものの結果は同じ

途方に暮れていたのだが



「…一族に頼るか」



次に夜斗が電話をかけたのは時雨だ

しかし



『どうした』


「すまんが頼みがあってな」


『ふむ。今は手が空いていない、後ほどかけ直す』


「了解」



というように切られてしまい、再度途方にくれていた

最終手段として考えついたのは…



「もしもし?今いいか?」


『ああ、天音に馬乗りになられてる俺で良ければ応じるぞ』



そう、霊斗である



「仕事付き合う気ない?」


『いつかによるな。ちょ天音!電話中だっての!』


『いーじゃん、どうせ夜斗でしょ?』


「散々な言いようだな、天音」


『やほー。暇そうだね、夜斗』



スピーカーになったのか、環境音が聞こえるようになった

どうやら桃香もその場にいるらしく、かすかに声が聞こえる



「兄妹で何してんだ?」


『いや…俺も何がなんだか…。急に「霊くん暇でしょ!」とか言いながら馬乗りに…』


「私が助言しました」


「よくやった。でだ、霊斗。潜入するんだけど、いける?」


『紗奈さん今なんつった!?まぁ、いけなくはない。場所によるけど』


『最悪私達も手伝うよ?』


「年頃の乙女にやらせることじゃないからな。給料出すから、可愛がってもらえ」


『やったー!焼き肉ー!』


『ちょまだ奢るとは言ってな』


「頼んだぞ、霊斗」



電話を切った夜斗は、机に置かれたパソコンに向かって指を指した

するとパソコンが登録されたタスクを実行し、アイリスへと電話をかける



『やっほー。この回線ってことは仕事かな?』


「大正解」


『っていうかこの番号、クライアントにしか教えてないのになんで知ってるのさ』


「そのクライアントを脅したんだよ」


『なんてことしてるのさ!?ま、まぁいいや、依頼は?』


「アイドル事務所、ドールズの情報。わかるものは何でも持ってきてくれ。情報の容量×100円出そう」


『よっしゃめっちゃ重くしたろ』


「無論圧縮ファイルな」


『うぐぅ…。わかったよ、一日待って』


「一日で済むのか。了解、頼んだ」



通話を終えた夜斗に雪菜が声をかける



「なんの繋がりです?」


「元同級生とバイト仲間だ。一般人」


「一般の人に潜入や情報収集を頼むんですね」


「それを言ったらお前も俺も紗奈も完全な一般人じゃないだろ」



夜斗はそういって、ラーメンの出前を注文するのであった




翌日、土曜日



「やっほー夜斗。ごめんね呼び出して。秘密保持のために直接伝えるようにしてるんだよねー」


「構わん。依頼したのは俺だしな」


【何なら一時間前に来てましたね、主様】


(ある種のデートだからな)



夜斗は呼び出してきたアイリスとの合流のため、指定場所に一時間前かそれより早く来ていた

少々期待があるのも隠せぬ事実だ



「まずこれ、USBメモリ。中に情報入れといたけど、まぁそんなに期待しないでね?あの時間から部屋のパソコンフル稼働でアタックしてみただけだから」


「いや、十分だ」


「じゃあそれを見るためだけに持ってきたノートパソコンで見る?見るなら予約しておいたカフェがあるんだけど」


「用意がいいな。行こうか」


【私は表に出て警戒任務に入ります。何かありましたら、エマージェンシーコールしてくだされば瞬間的に行きますので】


(了解)



瞬間的に、と夏恋が言ったときは本当に瞬間的にくる

それがわかっているからこそ、夜斗は何も言わない



「…とりあえずなんか頼むか」


「ここカウンターまで注文しにいくんだよ。まーめんどいけど、会話の邪魔はされないね。ちなみに注文したらできるのを待って席まで持っていくの」


「へー。じゃあ行くか」



夜斗は席を立ち、カウンターに向かう

そこでコーヒーとパンを注文し、できたものを席に持ってきた



「じゃあまず、夜斗からなにかある?」


「得にはない。が、USBメモリは俺のやつでみよう。スマホのCPUを使うタイプのハードを見つけた」


「あー、私も使ってるよ。じゃそれでみよ」



アイリスは夜斗の隣に移動して、USBメモリが刺さった端末を見る



「まずこれ、名前。次が設立年月日ね。その次からが説明なんだけど、細かいとこは飛ばして…ここ」


「裏組織とのつながり…?」


「この事務所で使い潰したアイドルを、マフィアとかヤクザに高値で売るんだよ。言ってみれば花魁とか妓女みたいな感じかな。売値はだいたい一千万から五千万くらいで、支払いは仮想通貨だね」


「高いな。買う人なんているのか?」


「いるいるー。例えばING24ってアイドルグループを卒業した鳩山麗子とかね」


「…元センターか。売値は?」


「まぁこの子は例外で、5億円だったらしいよ。そのあとは、性的なことに使われたり地下アイドルとして活動させてお金集めさせたりしてる」



アイリスが夜斗のゼロ距離まで近づきながら説明するのを見て、遠くから見守る他の客たちは微笑ましさを感じていた

それと同時に聞き耳を立てようとしたが、距離がある上に個室席であるため、聞くことは叶わない



「あとここ、これは雪菜さんのことかな?売値が出てるでしょ?」


「…なるほど、追い出したのはそのまま誘拐させるつもりだったのか。全然関係ないやつに誘拐されてたけど」


「そゆことそゆこと。で次が…」


『接続成功。冬風夜斗、今時間はある?』


「お前は夜暮の…。なんだ?」



夜斗の端末から、桜音が声を発する

彼女のアバターである黒い桜の髪留めをつけた、桃髪の少女が画面内から夜斗を見つめる



『以前、白鷺の件で貸しがあるはず』


「…あー。装甲車で潰したやつな」


『肯定』


「夜斗…このこは?」


「アイリスが会うのは初めてか。自己紹介してやれ、桜音」


『システムコードネーム桜音。黒淵夜暮により構築された、高機能汎用型AIで、前回白鷺の件ではとてもお世話した』


「ちなみに性格に難があって夜暮と俺以外には扱えない」


『…伝達。私の主より、「澪が…!」以上』



それだけ言い残して桜音のアバターは消えた

呼びかけても答えないことから、接続が切れたのだろう



「…これは、エマージェンシーコールということか」


「主様」


「夏恋、どうした?」


「囲まれました。突破は難しいかと」


「…なんやと」



夜斗と夏恋の意識の隙間を縫って集まった銃を持つ人々が、カフェを取り囲んでいた

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