第32話 見合い

翌日。夜斗はとある屋敷に来ていた

ここに来るまでに目隠しをされていたが、正直なところ夏恋に聞けば場所はわかる



「…つかなんで俺が来なきゃいけないんだよ。帰りてぇ…」



時刻は午前9時半。普段であれば文句を言いながら零の授業を受けている頃合いだ



(まさか普段あんだけ嫌がってたあいつの授業を受けたくなるとはな。明後日からは真面目に受けよう)


「冬風夜斗様、ですね」


「ああはい、冬風夜斗です。恩来神社神主より命を受けて参りました」



神事用の口調で答える夜斗

話しかけてきたのは、おそらく時雨桜一族の者だろうとあたりをつける



「申し遅れました。私は櫻坂恋歌。本日の見合い騒動の渦中にいる者です。この度はご迷惑をおかけしております」



深々と頭を下げるその人

名前から、見合い相手であることを認識すると同時に疑問を抱いた



「…何故貴女が私の出迎えを…?」


「櫻坂ではある程度の実績がないものを追い出そうとする動きがあります。私は時雨桜一族に関する教育を受けることが叶わず、実績の立てようがなくこのように見合い結婚をする運びになったのです」


「…教育をしなかったのに、追い出す…?」


「どういう意図なのかは私にも不明です」



恋歌の後ろから歩いて、屋敷に足を踏み入れる夜斗

念の為に夏恋が敷地内の木陰から夜斗を見守っている



「よくきたね、冬風夜斗君」


「はじめましてになるのでしょうか。父がお世話になっております」


「はっはっは、お世話になってるのは僕の方だよ。はじめまして、というのは違うな。僕は君がこれくらいのときに会ってるからね」



男性が夜斗を出迎え、その人が自分の腰くらいの高さを手で示してまた笑う



「…父からお話は行っているかと思いますが、私には恋人がおります。今回は父が忘れていたことへの謝罪に参った次第です」


「そうかしこまる必要はない。僕も、わかっていて呼んだんだからね。恋歌、少し叢雲のところにいなさい。また呼ぼう」


「かしこまりました、父上」



恋歌の足音が遠ざかり、広い部屋に夜斗と恋歌の父が残される



「ああ、一応名乗っておこうか。僕は櫻坂照春てるはる。君の父と同じ学校で高校時代を過ごし、生徒会で彼をこき使った生徒会長だよ」


「…貴方が話に聞いていた照春様ですか」


「…さて、僕が恋歌を追い払った理由がわかるかな?」


「恋歌には聞かせることができない、櫻坂家の事情を話すためでしょうか。はたして部外者の私などがお聞きしていいものかわかりませんが」


「正解だよ。そして君にこそ必要な情報なはずだ」



恋歌の父、照春は神妙な面持ちで、夜斗に座るよう指示した



「恋歌には幸せに生きてほしくてね。叢雲…恋歌の兄に僕の仕事を継がせたら、恋歌は普通の人として生活してほしいんだ」


「…恋歌さんがどう思うかは私にはわかりかねます。ですが、本人の意思を確認することも重要です」



夜斗は指を鳴らした

すると夏恋が部屋の戸を開け、恋歌を伴って部屋に入って一礼した



「非礼をお許しください、櫻坂殿。彼女は私の従者、姫継ひめつぎ夏恋。彼女に頼んで、恋歌さんを連れ戻してもらいました」


「父上。私は時雨桜一族から逃げる気はありません。ここに生まれたからではなく、父たる貴方の姿を見て、一族を愛し、私なりに一族に参加していたつもりです」



恋歌が夏恋より一歩前に出て言う

夜斗は夏恋に下がるよう伝えて、部屋から出した

夏恋は元のように木陰から夜斗を見守る



「私は時雨桜に不要と仰るのであれば、初めから私が好きにならないように振る舞うべきでした。けどそれをしなかったのは、父上の甘えです」


「恋歌…」


「そーだぜ、親父。恋歌が一族を嫌い、だなんて言ったことねぇだろ?」



夜斗の後ろに、いつの間にか男が立っていた

発した言葉から察するに、恋歌の兄であろう



「叢雲…」


「兄様が言うように、私は私の意思でここに残ろうと思っています。ですが、我が櫻坂は当主の言葉に従うのが仕来りです。どうか、ご慈悲を」



叢雲と呼ばれた男と恋歌が片膝をつき、照春に向けて頭を垂れる

夜斗はそれを見て少し嫌悪感を覚えながらも、何も言わずに見ていた



「…わかった。どうやら、僕のほうが君たちを見れてなかったみたいだね」


「では…!」


「ただね、前例から見て今から復帰させるのは難しい。実績がないとだめだ、というのは黒桜様との約束だ」


「……」


「そこは問題ありませんよ」



夜斗はおもむろに携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた



「俺だ。今いいか?スピーカーモードにする」


『なんだ。私も暇ではないのだぞ、夜斗』


「「「時雨様!?」」」



照春、叢雲、恋歌が夜斗のもつ携帯電話に向けて片膝をつき頭を垂れる

どうやらこれが敬礼に準ずるもののようだ



「時雨よ、櫻坂のことなんだけどさ。恋歌さんに活動実績がないから加入は難しいのか?」


『…ふむ。確かに父上の代まではそうだった。が、私が当主になってからは、実績がなくとも一族への愛があれば加入は可能だ。実績など、あとから嫌でもついてくる』


「とのことです。時雨…じゃなくて黒桜様はあなた方が思っているより寛大な方ですよ」


『…夜斗がその口調だとむず痒いな。恋歌、一族への愛は十全か?』


「はい。誰にも負けぬと自負しております」


『ならばよし。櫻坂殿、恋歌をつれて黒桜家に来るといい』


「はっ!」



夜斗はスピーカーモードを解除して少し時雨と会話したあと、電話を切った



「勝手な真似をお許しください、櫻坂殿。私にはこれが限界です」


「いやいや、助かったよ。僕は子どものことを見ているつもりで見ていなかったんだね」



穏やかに笑う照春に、夜斗も笑みを返した



「では、私はこのへんで失礼します」



夜斗が立ち去ったあと、叢雲が見送りに出て残された照春と恋歌は、夜斗についての話を続けた



「どう感じた、恋歌」


「…あの人に相応しいのは私だけだと。他の者には高すぎます」


「そうか…」


「お金の力は使いません。私自身の愛で奪います」



恋歌はそう言い残して部屋を出た


その頃、叢雲と夜斗は



「悪いな、冬風」


「…全くだ」


「まさかこんなところで再会するとは思わなかったぜ、夜斗」


「…俺もだよ。まさか元同級生にあうとはな」



叢雲のことは霊斗も知っている

中学時代の同級生であり、突然転校したため夜斗の記憶には強く根付いている



「ま、程よくやろうや。また会おう」


「ああ。またな」



夜斗はその次会う時が近いことを察しながらも言及せず、その場を離れた




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