第15話 パーティ前
「おはようございます、お兄様」
「おはよう、紗奈。昨夜のイタズラは強く覚えておこう」
「お、思い出させないでください…。あのときの私はどうかしてたんですよ…」
紗奈は頬を赤らめて言った
夜斗は携帯を開き、起きたら連絡と伝えていた霊斗から何も返信がないことを確認した
(あのバカまだ起きてないのか。まぁ、出発の2時間前だしな)
「紗奈、風呂行くけどどうする?」
「ご一緒させていただきます」
夜斗と紗奈は、朝風呂のために服を2着用意してきている
寝間着用と起床後用だ
基本的には毎朝、二人とも朝風呂に入る
「じゃあ行くか。石鹸とか残ってるかな」
「最悪湯浴みだけになりますね。まぁ、入らないよりかマシかと」
「タオルは予備あるよな?」
「はい。体を拭く用と、体に巻く用があります。私は髪を拭く用がありますから、5枚です」
「よし、行くか」
夜斗と紗奈は部屋に鍵をかけ、昨夜と同じように露天風呂へと移動した
脱衣所と浴室を確認すると、シャンプーなどは撤去されているようだ
(そういや昨日、冥賀が持ってった気がするな。今日も入るんだから置いとけよ)
「…少し湯をかけてから浴槽に入るしかなさそうですね」
「そうだな…」
夜斗と紗奈はバスタオルを巻きつけて中に入り、桶で温泉を掬って体にかけた
二人とも熱湯に慣れているため、熱すぎるということもない
水温的にはかなり高いのだが…
「…ふぅ。今日もひと波乱あるぞ…絶対…」
「昨日はお手数おかけしました。あの山、でしたっけ?」
紗奈の視線の先には、昨夜白鷺が覗きを決行しようとしていた山がある
「ああ、あの山だ。よく予見できたな」
「お兄様の危機でしたらいつでもわかるのですが、珍しくふと見えました」
(ああ、だからか)
夜斗にとっての危機は大方二種類だ
一つは、自身に降りかかるいわゆる火の粉
もう一つは、紗奈やアイリス、佐久間や霊斗等今回このホテルに泊まっている人物の危険
だから予見が機能したのだろう、と予測をつける
その時、がらっと音が響き、人が二人入ってきた
「おはよ、夜斗」
「おはよう夜斗。本日はいい天気だね。特に支障のなさそうな天気だよ」
「テメェらの行動が俺の精神に支障があるわボケ!」
風呂桶を投げる夜斗
それを回避する佐久間
佐久間が回避したため佐久間の後ろにいたアイリスに直撃する…ことはなく、アイリスも回避してみせた
「朝からご挨拶だね」
「こっちのセリフだ!テメェらわかってて入ってきやがったな!?」
「何言ってるのさ夜斗。裸の付き合いは日本人の基本だよ?」
「その間違った知識を捨てて今すぐ恥じらいを身につけろ!」
紗奈がため息をついて首を僅かに横に振る
実はこれを予見していた紗奈は、まさか本当に来るとは思わず、初めて予見が外れたのかと思っていたのだが、本当にきたのだ
「まぁアイリスが入るって言い出したからきたに過ぎないけどね」
「そうか…。アイリス明日覚えとけよ…」
「きゃー!!」
アイリスがわざとらしく両手を頬に当てる
二人とも、紗奈と同じように胸から下をバスタオルで覆い隠している
そのことから、予見が使えない夜斗であっても容易に想像がつくことがあった
「お前ら脱衣所で誰かいるってわかってたよな?」
「無論だね」
「昨日、風呂後に会ってるからそこにある服が誰のかもわかったよな?」
「とーぜん!霊斗だったらまず踵を返してたよ」
「じゃあさ二人とも」
夜斗は浴槽に肩まで浸かった二人に問うた
「俺が入ってるのわかっててあえて来たな?」
「「夜斗のような勘のいい人は大好きだよ」」
「そぉい!」
紗奈の顔にかからないよう右手でガードしつつ、夜斗は神速の一撃を湯面に落とした
その衝撃で飛び散る水しぶきにむせ返るアイリスと佐久間
「酷いなぁ!?」
「ああ、手が滑った」
「そぉい!とかいう掛け声が聞こえたんだがね…」
二人の抗議の目線から顔を逸し、紗奈を見る夜斗
何か嬉しそうだ
「どうした、紗奈」
「いえ、お兄様に守っていただけたのが嬉しくて」
「家族だからな」
そのまま数秒間、夜斗は紗奈を見続けた
徐々に顔を赤らめ始め、遂には湯に頭まで沈めた紗奈
「あれ、どうした紗奈」
聞こえていないのか、まだ浮き上がってこない
見ているアイリスと佐久間が少し心配するほどだ
「ぷはっ…。心頭滅却の儀式です」
「むしろ加熱されてめっちゃ顔赤くなってるけど」
「まだ足りないみたいですね、もう一回やります」
「やるなやるな。アイリスも止めろよ」
「何故私なの」
アイリスはふぅ、と言って紗奈の隣に移動して紗奈の耳元で呟いた
「お兄ちゃんのこと好きなんだね」
「!!」
また沈む紗奈
「アイリス止めろよ!!」
「無理だよー。女の子の意志は中々砕けないからね」
「明らかに留めさしたのお前だろ!?」
「…もうお嫁に行けません。お兄様、夫婦の契りを結んでください」
「落ち着け紗奈、混乱しすぎてすごいこと口走ってるぞ」
「はっ…!アイリスさんに言いくるめられるとこでした…!」
「何ならアイリスとて紗奈さんと同じように――」
「それ以上言うなぁぁぁぁ!!」
アイリスの絶叫が浴室にこだました
一方、その絶叫で目が覚めた霊斗は
「…朝か。一応起きたし、LIME送っといてやるか」
夜斗に起床とだけ送り、SNS周回を始める夜斗
数々の絵師たちが描いた尊き画像に癒やされていると、腕の中の温もりにようやく気がついた
「ん?って天音…?」
「…おはよ、霊くん。起こしに来てそのまま寝ちゃった…」
「プライベートって知ってる?」
「昨日黒淵さんにここの鍵借りたから…。フロントで借りた予備だってさー…」
「起こしに来たならそのまま起きろ。桃香を起こしてくれ」
「霊くんも行こーよ…」
天音はまだ微睡みの中にいるようだ。ほとんど目が開いていない
そんな天音に、不覚にもドキッとした霊斗は、それを誤魔化すように立ち上がった
そして天井に頭を打ちつけてベッドに落ちる
「痛ァァァ!?」
「わっ、どうしたの霊くん!?」
「天井に頭打った…」
「なんで打つのさこの状況で…。まさかベッドの上で立ったね?」
「流石です天音サァン」
霊斗は頭をさすりながら、今度はしっかりベッドから降りて伸びをした
コキコキと小気味のいい音が聞こえてくる
「よし、桃香を起こすか」
「やめといたほうがいいよー?多分カッターナイフ飛んでくるから」
「寝起きだし大丈夫だろ。って今まで俺投げられるリスクを背負いながら起こしに行ってたの?」
天音と共に桃香のところへ移動し、ドアを開ける
桃香は一切寝相を崩さず、上を向いたまま寝ていた
「逆にすげぇ…」
「才能だよね、これ」
「起きろ桃香、お時間だ」
「ん……おにーちゃん…?」
「おわ、力強いな!?」
霊斗は桃香に腕を引かれてベッドに引きずり込まれた
そのまま抱き枕のようにされて、動けなくなる
「ちょ力強い、助けて天音」
「無理だよー。寝てるときの桃香って尋常ならざる力があるから」
「何その…何」
霊斗は身動きが取れず、身動ぎしている
そんな中、天音は桃香の肩を揺すって起こそうとする
「桃香ー、霊くんの首しまってるよー?」
霊斗は桃香の背中を叩き、助けを求めている
徐々に抱きしめる力が強くなっていく桃香の腕で、ゆっくりと首が締まっているのだ
『おい霊斗、起きたら俺の部屋に来いって言っただろ』
ドアの前で夜斗の声がするが、霊斗は答えられるほど酸素を肺に残していない
『鍵開けてあるのか。入るぞ』
「おはようございます、緋月霊斗と天音さん、桃香」
入ってきたのは紗奈だった
一応女子の部屋であることは考慮されているようだ
「桃香はまだ寝てるんですか?」
「うん。霊くんがやばいことになってる」
「それなりに桃香は胸ありますし、幸せに死ねますね、緋月霊斗」
そう言いながらも紗奈は桃香の耳元に顔を寄せて、魔法の言葉をつぶやく
「お兄ちゃんが桃香を好きって」
「ほんとに!?」
「何したんだ、紗奈」
「桃香を起こす魔法の言葉です」
紗奈は笑うだけでなんと言ったのかは教えてくれなかった
そして桃香はようやく、自分の腕の中で窒息しかけてる者に気がついた
「きゃあ!?お兄ちゃん!?」
「ゴホッゴホッ…おはよう桃香…」
「大丈夫か、霊斗」
「夜斗さん…。あれ、寝坊しました!?」
「大丈夫だ。ただ、霊斗に話があるだけだ。まぁここにいる奴は聞いてけ」
夜斗は勝手に椅子に座り、その背後に紗奈が立ち、夜斗の目の前の椅子に霊斗、ベッドに天音と桃香?座る
「白鷺大貴が逃走した。現在地不明、公安が捜索しているものの依然消息不明」
「なんだと!?」
「白鷺って誰よ」
「昨日、望遠鏡で覗きをしようとしてた俺のクラスメイトだ。公安部特殊警察…時雨桜一族が確保したんだが…」
「逃げられたのか?」
「多分…。ああすまん、電話だ」
夜斗の携帯が鳴り、廊下に出て電話を取る
「俺だ。ってなんだ時雨か」
『白鷺が逃げたのは知ってのとおりだ。原因は、一族の中に警察の息がかかったものがいたことにある。懲罰室にて洗脳中だ』
「その警察の息がかかったものが意図的に逃したのか」
『そのようだ。警備が行き渡らなかった、すまない』
「いや、構わん。ならこっちに人を派遣できないか?」
『元よりその予定だ。しかし到着に四時間ほどかかる。その間、貴様と緋月霊斗を公安部特殊警察予備として登録するから、もし襲われたら好きに無力化しろ。殺すなよ?』
「了解」
夜斗は電話を切り、部屋に戻った
「誰からだったんだ?」
「黒桜時雨からだ。霊斗、俺たちは一時的に公安預かりになる。襲われそうになったら無力化していいらしい」
「りょーかい」
「天音と桃香は霊斗から離れるな。その他は俺の近くにいろ。澪の友人は…どうするか」
「まぁ、大丈夫ですよ。一応巫女さんが何人か来てますから」
「…ならとりあえず放置だな。巫女さんが対応できなくなったら俺が出るわ」
夜斗はひとまずそう取りまとめ、一階に向かった
そこで待っていたのは、冥賀と夜暮、そして零の三人
「…来たか、夜斗。霊斗も、久しぶりだな」
「久しぶりだな。一年もたってないけど」
「これが僕の弟の黒淵夜暮です。会場に向かいましょう、積もる話があります」
冥賀は表に止めたバン2台を視線で示した
ここでバスを出さないのは、多少なりとも配慮かそれとも予算か
「冥賀、積もる話ってのは?」
「少し待ってください、向こうの号車と回線をつなげます。零、僕です」
『詐欺か?』
「では伝達を始めます。走行中に、ですが」
冥賀と零はそれぞれ運転手。夜暮は霊斗家族が乗る零の号車に乗り込んだ
それぞれの号車が静かに走り出す
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