第8話 入浴(奏音&唯利&紗奈)

「奏音さん、唯利さん。お待たせしました」

「あら、思ってたより早かったわね。予測より156秒も早い」

「それでもかなり時間をとっていただいていたんですね。積もる話は後ほど」

各階に風呂があるということで、隅に向かう三人

すぐそこが夜斗、紗奈の部屋で、隣が霊斗の部屋だ

「…霊斗が覗きにこないように警戒する必要があるかしら」

「監視カメラありますよ」

「なら問題ないわね。元々、そんな度胸があるとも見えないけど」

学校直後の連絡だったため着替えることは叶わず、奏音と唯利は制服・紗奈は巫女服を脱ぎ、石鹸類が置かれた棚から、シャンプーリンスボディーソープメイク落としの四つを手に取り、浴室に足を踏み入れた

「…これは、結構広いですね。女性のみでも入れたかもしれませんよ」

「何気に七人いるから厳しいと思うけど…。奏音…だっけ、今更だけどこの子は?」

「夜斗の妹よ。神社の巫女をしてる…のよね?」

「冬風紗奈です。ご挨拶が遅れました。普段は中学生をしつつ、休日に巫女をしてます」

「よろしくね。一個下なのに、夜斗より紗奈ちゃん…でいいかな、紗奈ちゃんの方が頼りになりそう」

「外面だけですよ、私は」

紗奈はそう言って、風呂椅子を三つ持って、それぞれに手渡した

唯利は桶を端から取ってきた

奏音は一切動いていない。強いて言うなら最初に石鹸類を持ってきたが

「奏音さん、学校でのお兄様はどうですか?」

「んー…。特に変化はないわね。いつもどおり、零と言い争いながら授業して、ホームルームでイジられて、白鷺のことを任されてるわ」

「白鷺、と言いますと、先程父と争っていた人でしょうか」

「ああ、そうね。さっき夜斗が言ってたわ」

髪を洗いつつ、奏音が答える

唯利や紗奈も同じく髪を洗っている。全員髪が長いのだが、奏音は肩より少し長く、唯利は胸ほどまであり、紗奈は奏音と同じか少し短い程度だ

「唯利さんは、クラスメイトですか?」

「今日から転校してきたの。向こうの学校で色々あってね」

「その傷跡のことでいじめられた、とかですか?」

「っ…!」

髪を洗う唯利の手が止まる

奏音は驚いたような顔をして、同じく手を止めて紗奈を見た

「私、仮にも巫女なので予見の能力があるんです。もちろん今見たのは未来を見たわけではなく、過去を予見しただけですけど」

紗奈は手を止めずに洗い続け、シャンプーを洗い流してリンスを手にとった

「ただ、それはいわゆるリストカットではなく、悪霊の仕業みたいですけどね。悪霊といっても、生きてる人の霊です」

「…?」

「唯利を恨んでる人がいるのね。その人を殺すか、霊的に無力化しないといけないのかしら」

「いえ、お兄様の守護札があれば…。あれは一種の結界のような力があり、守護札所持者の害的霊障を世界から解離させるものですから」

紗奈は何でもないように言った

しかし奏音はまだしも、唯利からしてみれば知らない世界の話だ

「お兄様にお守りをいただけば、とりあえずは収まるかと」

「…あ、そういえばもらった」

「あら、手癖が悪いわね、夜斗も」

クスクスと笑い、奏音は浴槽に入った

後を追うように唯利、紗奈が入る

「…今回の立食パーティーって、なんでやるの?」

「体裁よ。黒淵と天血はそれぞれ大きい病院だから、何もなくいきなり統合したらマスコミが騒ぎ立てるわ。それこそ、あることないこと書くでしょうね」

体を倒して浸かれるように流線型に加工された壁面へ寄りかかる奏音の髪が湯に浮かび、扇のように広がる

同じく唯利が寄りかかるようにして体を倒した

「その対策…?でも、今回の件だってあることないこと書かれないの?」

「察しが良いわね。だから夜斗がここにきたのよ」

「…?」

「夜斗のお守りの効果はさっき言ったわね?あれって市販品でもあるの。効果はかなり高いから、夜斗がいるだけで…なんていうか、マスコミが寄り付かないのよね。ネタにしたら会社が叩かれるから」

奏音は少し体を起こし、湯を手にとった

「夜斗の力なんて、こんなものじゃないのにね。お守りなんて、夜斗の力を大海とするなら手にすくえる程度のことなのよ」

「…なんで知ってるの?」

「女の…というより、幼馴染の勘かしらね」

奏音はまた、体を寝かせて湯に浸かった



露天風呂から見える山の中腹

「…やはりここにいたか。白鷺大貴」

夜斗は望遠鏡を用意する白鷺に、高輝度ライトを向けた

「なんで…!?」

「神社にきたのはお前の影武者だろ?捕まったと錯覚させ、覗きに気が付かせない。どこから情報が漏れたのか知らねぇけど、わざわざこんなところまでご苦労なこった」

夜斗は左手をポケットに入れたまま話した

その左手には、零に渡されたライター型スタンガンが握られている。いざとなればすぐに使えるようにしているのだ

「…まぁ一応これからの行動予定を当ててやろうか?ここで盗撮したあと、クラウドに写真を保存してカメラを海に捨て、夜に忍び込んでベッドの下で監視。会話を記録して、今後の動向を確認・尾行して襲おうとした。違うか?」

「なん…で、そこまで…!?」

「テメェの行動なんか筒抜けなんだよ。ったく…能無しというかなんというか…。そのおかげで、俺の妹と幼馴染の写真が脅しに使われなくて済んだわけだ。下手すりゃお前の妹も脅されてたかもな、霊斗」

「そうだな。ここまでのクズが警視総監の息子だなんて信じられないぜ」

木の上から、霊斗が夜斗と同じライトを白鷺に向ける

「だからわざわざ山を登って、証明してやったんだろ。こいつのクズっぷりは職員室まで轟いてるんだよ、うちの学校じゃな」

夜斗はため息をつきながら言い放つ

白鷺が最も気にしていると知りながら

「違う!俺は、誰よりも教師に信用されている!その証拠に学級委員をやっているんじゃないか!」

「ははは、笑かすな。他の学校で言う学級委員ってのは、うちの学校では俺の役職である管理員ってやつになる。うちの学校での学級委員の別名を教えてやる」

夜斗はスタンガンをポケットから出して、体の力を抜く。今後の相手の行動を予測して

「観察処分者。つまり、最重要警戒人物だ」

「う、ああああああああ!!」

白鷺がナイフを持っているのは予測済みだった

上体を逸らしてナイフを回避、後方に手を付き足を振り上げる

倒立とは逆の動きで繰り出された足が、白鷺の顎を捉えて蹴り上げた

それを受けて倒れる白鷺だったが、体を起こしてまた夜斗を狙ってナイフを投げた

しかし

パァンと音が響き、ナイフが何かに弾かれた

「へぇ?このエアガン、精度いいじゃん」

「零に頼んだ特注だからな」

霊斗が構えているのは暗視装置すらついていないただのハンドガン型のガスガンだ

ガスの圧力を利用して、プラスチック製の球体を撃ち出すその銃は、的確にナイフの腹を撃ち抜いて夜斗に当たるのを防いだ

それがわかっていたかのように、夜斗は白鷺に接近し、スタンガンを首筋に当てて呟いた

「寝ろ。俺の気が済むまで。生きてるかは、知らないけど」

ライターを操作するように動かすと、白鷺の体がビクンと跳ねた

そしてその場に倒れ、動かなくなる

「これが、白鷺家の子息か。夜斗、そいつどうするんだ?このままほっとくか?」

「まさか。それで死なれたら俺らのせいにされる。引き渡すんだよ、公安にな」

「ふむ。私の位置を知っていたのか」

草むらからガサッと音を立てて出てきたのは、白いワンピースをきた少女だ

髪は白く目は赤い。本人曰く、アルビノ体質らしい

日焼け止めを塗り、日傘をささねば日中出歩くことさえ叶わないほど重い体質ではあるが、夜であれば何も必要はない

「呼んだんだから知ってて当然だろ」

「はて、居場所まで指定された覚えはないのだが…。まぁいい、ソレは公安…時雨桜一族で預かろう」

「今度は本物のはずだぜ。ああ、霊斗は初対面だっけ?こいつは黒桜時雨くろざくら しぐれ。時雨桜一族の当主で、公安部特殊警察課課長だ」

「よろしく頼むぞ、緋月霊斗」

「お、おう」

霊斗は時雨桜一族の噂だけは知っていた

特殊な人間を集めて構成された、謎多き一族

彼らに逆らえば楽には死ねず、拷問の果てに牢獄に囚われると言われている

「…盟主が、女…」

「何か問題があるか?私とてやりたくてやっているのではない。私の一族はそういう仕来りなのだ」

時雨はどこかに電話をかけ、夜斗に早めに立ち去るように告げた

「一応警察権がある故に、居合わせた者を取り調べに呼ばねばならん。そんな面倒に時間を使いたくはなかろう?こちらはうまくやっておく」

「わかった、頼んだぞ」

夜斗は山を徒歩で降りつつ、携帯を操作した

紗奈に、捕らえたという報告のメールを送るために

「紗奈さんは、知ってたのか…?」

「さっき俺が言った行動予測は、紗奈が粗方教えてくれたものだ。それを俺の人格ちゃんが整えたんだよ」

「あと聞きたいのは、時雨さん…だっけ?あの人との繋がりはなんなんだ?聞いた感じだと超偉い人だろ?」

「冬風の先々代当主…まぁ、親父の祖父が、時雨の曽じいさんが飢えてたのを助けたことがある。それ以来家族ぐるみの付き合いだ。たまに飲みに行ってるぞ、親父と時雨の親父」

「…闇が深いな」

「時雨桜一族は政府公認の団体だ。だからこういうことが許されるし、俺のところと繋がりがあれば表裏どちらの界隈でも権威を使える」

山を降りきり、メイド服の少女に声をかける

「すまんな、夏恋。終わったぞ」

「はい、主様。お疲れ様でした」

「この子が人格…。表に出せるもんなのか、普通」

「ここまで聞いて俺が普通だって?霊能力の一環だよ、これは。一時的に実体をもつイレモノを作る」

夜斗が一つ欠伸をし、夏恋が車のドアを開ける

何気なく乗ってきたこの車だが、先程冥賀が夜斗たちを迎えに行った車だ

実は冥賀の持ち物だと知った夜斗が、急遽用意してもらったのだ

そして冥賀と夜暮、澪と零は夏恋のことを知っている

運転者がいることを知っていたからこそ、冥賀はこれを貸してくれたのだ

「夏恋さんって、身分証あるのか?」

「普段は俺が持ち歩いてるけど、一応免許証と健康保険証はあるぞ」

「もう聞かないでおこう、踏み込んだら戻れない気がする…」

「懸命な判断です、緋月霊斗」

「あんたもフルネームかい!」

霊斗の叫びを合図に、夏恋の運転で車が発進した

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