第9話 入浴(佐久間&アイリス)
「こうして二人で温泉、というのも悪くはないね」
「そうだねー。何気に5年くらい一緒にいるのに、旅行とかしなかったじゃん?」
「金銭的なものと行き先的なものがあるね」
佐久間とアイリスは浴槽に浸かりながら話し始めた
その頃には夜斗と霊斗は部屋に戻っているため、佐久間とアイリスは何があったのかを知らない
本来であれば、だが
「で、どうやら夜斗のクラスメイトがトラブルメーカーのようだね」
「そうみたいだね。さっきも、山でなんかやってたみたいだよ?ほら、あの山の真ん中くらい」
「ふむ。恐らく望遠鏡か何かで、覗きつつ盗撮をしようとしたのではないかな?それをネタに、僕らを襲おうとした、とか」
「ありえない話じゃないね。紗奈ちゃんも奏音も、結構スタイルいいし」
アイリスは片腕をもたげて、当たる冷気を楽しんでいた
「ふふ、それにしても、僕らに黙ってるなんて夜斗も悪い人だ」
「仕方ないよー。私たち、普通の高校生なんだからさ」
「夜斗もまさか、君がハッカーだとは気づかないだろうね」
「っていっても、ホワイトハッカーだけどねー。一応雇われの身だよん」
アイリスはそう言いながら、パソコンのキーボードを打つように手指を動かして見せた
こうした何気ない仕草が、彼女の学校での妄執的人気の所以だろう
「まさか夜斗のスマホをハッキングして音声と位置情報を監視するとはね…。最近のメンヘラはここまで進化したのかい?」
「まっさかー。私だけだよ、こんなことするの。バイト仲間なのに、夜斗を好きになっちゃったからなぁ」
アイリスはそう言って笑った
佐久間も笑みを浮かべて、外を見た
「どうかしたの?」
「いや、アイリスも人間味が増したなと思ってね。昔は死んだ魚の目をしてたじゃないか」
「それは死んだ魚に失礼だよ?私、あのときはなーんも信じてなかった。佐久間がその私を殺して、今の私をつくった!って感じだし」
「殺したなんて人聞きの悪い言い方をしないでくれたまえよ。せめて籠から解き放った、みたいな感じにしてほしいね」
「詩的だねぇ。なんでもいいけどさ!」
アイリスは立ち上がって、ゆっくり息を吐いた
腰ほどまでの長さの髪が、水でしっとり濡れて艶めかしい肌に張り付いている
「髪は切らないのかい?」
「ふふん、ここぞというときに切るんだよ。夜斗が一番驚くときに!」
「聞くところによると、夜斗の周囲には女性が多いみたいだね。まぁ今日の面々を見ればわかるとおりだけど」
「桃香ちゃんと天音は横においておくとして、奏音と唯利さんは障害になるかもね。あと、澪さん側の女の子」
「そちら側は警戒するだけ無駄さ。まだ会ってもいない」
「いくつでも警戒はするだけ自分を守るよ。ファイアウォールだって、仮想でも何個かあると便利だし」
アイリスはまた座り、呟く
「このお湯…夜斗も浸かるんだよね」
「邪な考えをしない。それにこのあと桃香さんと天音さんが入るんだから、何かしたらそちらにダメージが入るよ。何なら霊斗君も入るしね」
「夜斗が先だったらその事実だけで明日も頑張れたんだけどなぁ」
「シフト被っただけでテンションマックスになっているじゃないか。しかも夜、それを電話するか迷うくらいに」
「なんで知ってるの!?」
「容易に想像がつくよ。アイリスのことだからね。無理に変態を演じる必要はないさ、夜斗なら見抜くだろう」
「…けど、素の状態じゃ怖いよ…。夜斗だって、明るい私を望むかもしれないじゃん」
「さてね。それは、君のほうが知ってるはずだよ」
佐久間は立ち上がり、浴室をあとにした
脱衣所で水分を拭き取り、服を着る衣擦れの音が聞こえてくる
(それ以上に、佐久間が夜斗を好きなのも知ってるんだよ…。自覚あるか、知らないけど…)
アイリスも立ち上がり、佐久間を追いかけて脱衣所に移動した
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