第3話

「ここが科学室。中学で言う理科室だな。科学研究部の部室でもある」

「科学のときはここで授業をするわ」

「…一気に詰め込みすぎて頭痛い」

唯利が猫耳フードを被ったまま額に手を当ててうなだれる

「じゃあ趣向を変えて雑談でもするか。邪魔するぞ夜暮」

「…せめてノックぐらいしろ、夜斗」

中に入ると、気だるげな顔をしたクラスメイトがビーカーに入れたコーヒーを飲んでいた

「毎度思うけど、そのビーカー洗ってんのか?」

「自前のものだ。自宅で洗浄してる」

「こいつは見覚えあるだろ?黒淵夜暮くろふちやぐれだ」

「一応クラスメイトだ。そこにいる冬風夜斗の従弟でもある」

「冥賀先生の弟よ。澪の婚約者でもあるわ」

「…婚約者?この歳で?」

「ああ。俺と澪の親はそれぞれが会社を経営していて、許嫁という形で婚約している。俺たちの結婚と同時に会社が合併することになってるな」

「…なるほど、よくわかんない」

夜暮はゆっくりと席を立ち、カバンからビーカーを三つ取り出した

目の前で沸騰しているお湯をサイフォンに入れ、コーヒーを作り差し出す

「飲め。毒はないぞ」

「…いいの?」

「よし夜暮、いつもの菓子をくれ」

「ちょうどいいわ。小休止にしましょう」

「…テメェらも桜嶺さんくらい謙虚になれよ。桜嶺さん、遠慮はいらねぇから飲むといい。コーヒーに含まれるポリフェノールは活性酸素が引き金となって起こるがんとか動脈硬化、心筋梗塞、なんかの生活習慣病の予防に効果がある」

「…お前その記憶力なんとか別に活かせよ」

「仕方ないだろ。好きなことしか覚えられないんだ。将来は院長兼内科医になる予定だし、こういう知識は要る」

「あ、ありがと…。いただきます」

「ほんと…澪にしろ夜斗にしろ…この人くらい謙虚なら相手するの楽しいんだが…」

夜斗は出された菓子を食べつつ、コーヒーを飲んだ

奏音、唯利もそれにならって菓子を手に取る

その菓子は夜暮お手製のもので、ビスケットを砕いたものをチョコに混ぜて固めたものだ

「女子力高いわね、相変わらず」

「壊すぞ貴様。こんなの、基本技能だ。黒淵たるもの、あらゆる技能を身に着けておくべきとの教えだからな」

「代々医者なのになんだその教え。武士か」

「…で、なんでここにきたんだ?」

「唯利に学校案内をしろと零に言われて…」

「はーん。なるほどな、あいつなら言いかねない」

夜暮はカバンから折りたたみ式の小型パソコンを取り出し、開いて何かを操作し始めた

「夜斗に相談があったんだ。まずこれを見てくれ」

夜暮が指を鳴らすと、科学室の黒板の前にあるスクリーンが自動で降りてきて、プロジェクターが起動した

そして夜暮のパソコンが無線で繋がり、画像を投射する

「…これは…」

「自宅前監視カメラの映像だ。この黒服の男、見覚えないか?」

「ちっせぇな、拡大しろよ」

「…ったく。ほらよ」

拡大された映像を、夜斗の目を通して夜斗の人格が確認する

夏恋と呼ばれている夜斗の人格は、夜斗の無意識領域を利用して地球の記憶にアクセスすることができる…ようだ

その中から該当人物を検索する

『検索結果出ました。白鷺大貴です』

「白鷺だそうだ」

「やっぱそうか…。門の前でウロウロしてたから警備が追い払ったんだ。顔が白鷺に似てるとかで報告が来てな」

「警備の人に教えてあるのね」

「要注意人物だからな。先月不法侵入して金目のものを盗もうとしてるところを兄貴に取り押さえられてた」

「…なんで捕まってないの?」

唯利の疑問は最もだ。そこまでの行為をしていれば警察に通報してもいいようなものだが…

「こいつの父親は警視庁総監だからな、もみ消されるんだ。だから今まではスタンガンとかで対応してたんだが…」

「これ、夜架狙いか?」

「恐らく。襲って既成事実を作ろうとしたんだろ」

「夜架、ってだれ?」

「夜暮の妹だ。黒淵は四人兄弟で、冥賀と夜暮の間に流華っていう女性もいる」

そしてめっちゃ可愛い、と続ける夜斗

それに不服そうな奏音。この光景に笑みを浮かべる夜暮

普段よくある光景だ

「…仲いいね」

「まぁ腐れ縁みたいなとこあるけどな。唯利はなんかそういうのなかったのか?前の学校で」

「ないよ。転校の理由でも話そうか?」

「気になるわ」

「私、前の学校でいじめられてたの。これのせいで」

唯利はパーカーの袖をまくり、3人に見せた

手首にある無数の傷跡。見ているだけで痛ましい

と同時に、夜斗の左手に痛みが走る

「っ…!」

「どうしたの?」

「共感覚が作用しただけだ、気にするな。見た傷の痛みが自身に反映される。つかこの痛み、自傷じゃないな?」

「…ごめん。夜斗の言うとおり、自傷じゃない。気づいたら傷があって、血が出てたりするの。よくあることだけどね」

薄ら寒い笑みを浮かべて、唯利が呟いた

「…原因はわからない。けどこれのせいで、メンヘラだとかなんとか言われて、いじめられてた。だからパーカーを着てるの」

「話していいのか?桜嶺さんにとってはトラウマもんだろ」

飲み干された四つのビーカーを洗いつつ、夜暮が問う

「別に…。あなた達なら大丈夫だと思っただけ」

「共感覚…じゃねぇな。ふむ…」

「夜斗の神社で見てみたら?もしかしたら霊的なものかもしれないし」

奏音が菓子を食べ終えて、口を拭きながら言う

唯利の顔が疑問の色に染まった

「俺の実家は神社だ。俺もたまに祈祷とかやってる」

夜斗はそういって、カバンから小さい筒を取り出した

それを勝手に唯利のカバンにつける

「お守りみたいなもんだ。お手製だから大切にしろよ?」

「…ん。ありがと」

唯利が笑い、夜暮が夜斗に何かの鍵を投げ渡した

「選別だ。持っていけ」

「場所はいつものコインロッカーか?」

「ああ。うちの当主…医院長からの預かりものだ」

「受け取っておく」

夜斗は鍵をポケットに仕舞い、三人は科学室を出た

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