50《愛は世界を救う》

「え――すごーい!ママ、そこで起きたの!?」


 隣で口いっぱいにケーキを頬張っていたキホが驚きの声を上げた。その拍子に握っていたフォークが弧を描いた飛んでいった。慌ててフォークを掴み、彼女を落ち着かせる。


「まあまあまあ落ち着いて落ち着いて。とりあえずケーキを食べちゃいなさい」


 だがそんな声もどこを吹く風、キホには聞こえていないようだ。大好物のイチゴのショートケーキでさえ彼女を落ち着かせるには至らないらしい。


「すごいね、ロマンチックだねえ!愛だ、愛の力だ!愛は世界を救う!!」


 10歳の娘はどこで覚えて来たのか、僕らが赤面するような甘い言葉を平気で使うから参ってしまう。「愛は世界を救う」だなんて背筋がむず痒い。


 困ったな、おしゃべりなキホなら誰彼構わずに馴れ初めを話して回りそうだ。


 きっかけは家族みんなで揃ってみていたホームドラマの再放送。その途中に、主人公が自分の名前の由来を知った場面にひどく感動した彼女は、自分の名前の由来も知りたがったのだ。彼女の名前の由来を話すには僕らの出会いも話さなくてはいけなくて、こんな展開になってしまった。反対側の隣をちらりと見やると、妻――セリカも照れたような困ったような顔で笑っていた。


――本当は、キホが思うような少女漫画チックな展開というには自信がないのだが……。


 ちょうど同じことを考えていたのか、セリカと顔を見合わせ、思わず苦笑を漏らした。そして思った。彼女と結婚してよかったと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る