45《これで分かったでしょう?》

「あなたが持っていたくまは、お姉ちゃんの宝物だったの。大切に、大切にしてた。どうしたのか聞いたら、『これは勇気が出るくまなの』って照れ臭そうに笑ってた」


……勇気が出るくま。セリカも言っていた。セリカに取っても、僕に取ってもそのくまは宝物だ。思い出の詰まった唯一無二のくまだ。



「これで分かったでしょう?」




 セリナが呟いた。何もかも諦めたその瞳。そんな、でも。僕は。


「もう良いから、帰って」


 キッとセリナが僕を睨む。彼女に取っては僕も同じ。彼女の傷をえぐる無神経さは変わらない。何を言っても彼女には失礼だ。


「帰ってって言ってるでしょッ!?あんた、これでもまだ会ったとか抜かすの!?ふざけないで、私ですらお姉ちゃんと話せないのよッ!」


 僕が言葉を失いぐずぐずしてる間に、セリナが癇癪を破裂させたかのように怒鳴りつけた。激怒し、だがありありと哀しみが伝わってくる悲痛な叫び。僕を責めているようでいて実は自分自身を責めているぽろぽろと涙を流しながらも叫ぶその姿はあまりにも痛ましく、思わず目を逸らした。



 顔を背けた目線の先にいたのはこんな騒ぎの中でも眠り続けるセリカだった。まるで何事を無かったかのように涼やかなその顔。病室に入ったときと何ら変わりない。ベッドの上に横たわったままぴくりとも動かないセリカ。涙を流しながら怒鳴るセリナ。彼女達の時は、セリカが目を醒まさない限り止まったままだ。


……時を進めるのは誰だ?


「ごめん」


 次の動作は自分でもごく自然だったと後から思った。泣きじゃくり顔を真っ赤に怒らせているセリナの頭をぽんと優しく叩く。虚を突かれたように彼女が顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった壮絶な顔。彼女の口が悪いのも、全てはセリカを守るため。そんなことにも気付けなかった。彼女はずっと一人で頑張っていたのだ。


 セリナが握り締めていたハンカチでそっと顔を拭う。肩を強張らせたが気にせずに拭く。彼女はまるで子供のようにされるがままになっていた。

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