37《……今なら引き返せるけど、どうする?》

 セリナに言われるままついていき、エレベーターに乗った。静かな空間とは裏腹に、僕の胸はドキドキと鳴っていた。セリカに会えることが嬉しいが、真実を知るのが怖かった。



 そしてそのまま最上階へ。ほんの少しざわざわとしていた受け付けとは異なり、声を出すことが憚られるようなしんとした静寂に覆われていた。心なしか息を潜めるようにして狭いエレベーターから出る。


 

 口から心臓が出てきそうなほど緊張していた。吐きそうだ。コツコツと僕とセリナの足音だけが響く。僕の前を歩くセリナの小さな背中。揺れる髪の毛。どこか投げやりな雰囲気。その光景はあまりにも非現実的で、僕がここに居るということが頭の隅では信じられなかった。


 セリナが止まったのは、一番奥の病室だった。どうやら個室らしい。扉の前でくるりとセリナがこちらを向く。


――………強い光が宿った大きな目。

前にも見たことがある。

セリカの目だ。


「……今なら引き返せるけど、どうする?」


「……え?」


 セリナの目が時折泣きたいのを我慢しているかのように揺れた。だが、僕を睨みつける光は弱まらない。


「だからっ、今だったら悪戯でしたで済むって言うこと!別に誰にも言わないでおいてあげるってこと!」


――………ああ、そういうことか。

だが、僕の覚悟も揺らがない。僕は彼女に会うために今まで来たんだ。今更引き返すものか。どんな彼女にでも僕は会いたい。



「もちろん、君と一緒に行くよ。セリカに会わせてくれるんだろう?」


 くしゃりとセリナの顔が歪んだ。ものすごい勢いで明後日の方向を向く。


「……後悔しても、知らないからねっ!」


 努力していることがありありと分かるような精一杯悪辣そうな声で捨て台詞を吐いたセリナは、一気にドアを開けた。午後の柔らかな日差しが目に飛び込んで来る。


「入って」


 一歩足を踏み入れた僕は、そこで、セリカと再会した。

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