29《人違いですよ、私はセリカではありませんので》

「ちょっとあなた」


 目の前から声がして、僕は顔を上げた。

言葉通り目の前に、セリカが僕を睨みつけた。たじろぐ程。勢いに飲まれそうになるが、懸命に言葉を紡ぐ。


「……セリカ。セリカ、心配したんだぞ。山から落ちて死んじゃったのかと思ったんだからな。…………本当に良かった」


 僕の言葉を目を細めて聞いていたセリカは、明らかに僕を侮蔑する視線を向けた。


……さっきから思ってるんだけど、何か性格変わった…………?

セリカは不審に思う僕に構わず口を開いた。


「人違いですよ、私はセリカではありませんので」



「……………………は?」


 意志の強そうな大きな瞳が僕を真っ直ぐに睨みつけている。その色白な顔も、整った目鼻立ちも、背の高ささえも同じだが……?おまけに、あのエメラルドグリーンのマフラーまでしているじゃないか。


 僕が口を開きっぱなしにして間抜けヅラを披露している間に、セリカはなおも言い募る。



「セリカは私の姉です。セリカはあなたと話せる状況にありません。と、いうか、何の接点も無いはずです。どうせあなたも、テレビや噂話で知っただけなんでしょう!?馬鹿な真似はやめて、すぐにお帰りください!!」


 僕から1度も目を逸らさずに睨み付けたまま、自称セリカの妹は啖呵を切った。


「………え、いや、でも、君……?セリカ……」


 脳の処理能力が追いつかず、僕は金魚のように口をぱくぱくさせた。我ながら情けないが、漏れ出てくるのは要領を得ない言葉ばかり。

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