26《……君に、お礼を言うチャンスをください》
……とうとうここに来てしまった。
僕は、目の前にそびえ立つ立派な校門を見上げた。そこには、古めかしい文字で『聖マリアンヌ女子学園』と書いてある。
セリカの通う高校だ。
僕はあの後、必死になってセリカを探した。夜の内に裏山の隅々まで探し歩いたし、夜が明けてからももう1度見落としがないか確認をした。
足を滑らせたのかもと草を掻き分け、申し訳程度の水がちょろちょろと流れている小川、人が入れる訳のない岩の隙間まで探した。
だが、セリカの姿はどこにも無かった。
そして、次の日から裏山にも来なくなった。毎日毎日、ずっとずっと気が遠くなる程待ち続けたが僕は独りぼっちだった。
怒ってそのまま帰ったのかもと思ったが、僕らが毎日会っていた場所から麓まで下りるのは、走っても10分はかかる。それは僕が風間と殴り合った日に証明されている。一瞬のうちにいなくなるなんていう芸当は、普通の人間なら到底無理だ。
普通の人間―――……セリカ。
学校なんてどうでも良かった。
一応授業には出ていたが、頭の中はセリカでいっぱいだった。
よく考えて見れば、僕はセリカのことを何も知らない。
聖マリアンヌ女子学園に通っている『清野芹花』という同い年の少女であることしか。
手のひらから砂が溢れるように、残っていることはたったそれだけの情報と二人で紡いだささやかな思い出。
考えれば考える程、僕は幻を見たのではないかという考えが脳裏を掠めた。
――……独りぼっちの僕が淋しくて、空想の友達を創り上げたのではないかと。
だが、家に帰り机の棚に置いてある小さなくまを見て、それをくれた人の顔を、声を、全てを思うと、顔が堪えられないうちに歪んだ。涙が、頬を伝って床に染みを作った。このくまこそが、今の僕にはセリカがいたというたった1つの証拠だ。
風間の嫌がらせもこの所勢いを強めていたが、何も感じなかった。
比喩でもなく、本当にどうとも思わなかった。
たった一回で良い、セリカが元気であることを確かめたかった。
お礼を言うのは僕の方だ。セリカは、前へ進めなかった僕を変えてくれた。僕の人生を太陽のように照らしてくれた。
セリカの事を想うと、胸が痛くなった。
――…………たぶんこれを、人は恋という。
やっと、気付いた。失ってから。
初めての恋だった。
「……君に、お礼を言うチャンスを下さい」
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