10《風間くんに、立ち向かってみない?》

 そう言うと、セリカはぐいっとこちらと向き合った。


「ねぇ、ヒカル」


「風間くんに、立ち向かってみない?」



 風が吹き、木々がざわめいた。セリカの長い髪の毛が風をはらみ大きくたゆたう。風は勢いを緩めずに荒々しく僕とセリカの間を抜け、そのまま街の方へ駆けて行く。落ち葉が1枚、僕の持っているさつま芋にべたりと付いた。いつからかわからないが、僕は芋を握り締めていたらしい。無残な形に歪み、潰れて不格好な芋を眺めているうちに、沸々と頭が煮えたぎり、瞬く間に沸騰した。


「…風間に、立ち向かう…?」


 激しい怒りの割に、声は不思議と静かだった。


「うん。だってさ、今のままじゃ、ヒカルはずうっと辛いままじゃない。苦しいままじゃない。私はここで話を聞くことはできるけど、それだけしかできない。もちろん、ヒカルと話すのは大好きだよ。話したくないからって訳じゃないからね。ヒカルは悪くない。悪いのは風間くん。でも、本当は悪くないはずのヒカルが苦しむのはおかしいけど、そのためには逃げちゃ駄目。どうしても逃げたくなったら、逃げても良い。でも、やってみようよ。私は、ヒカルに心の底から笑顔になって欲しいの」


「私は、ヒカルの学校に行けない。風間くんにも会えない。だから、そのくまを、私だと思って、がんばってみようよ。ね?」


 何も答えられずにいる僕を尻目に、セリカはなおも言い募る。僕は、何も言えない。








 …僕と話すのが嫌いじゃないのなら、僕に辛い思いをしてほしくないのなら、僕のためを思うのなら、







「…どうして、そんなことを言うんだよ」










 顔を上げることができない。

そうすれば、セリカの真摯な目を見てしまうから。セリカの真っ直ぐな目の中には、弱虫で逃げることしかできない卑怯者の僕が映っているのだろうから。セリカの目を鏡にして、醜い僕を眺めたくない。


 そんなことは分かってる。逃げてることぐらい分かってる。でも、卑怯者で弱虫で隠れることしかできない僕は、やっぱり出来ないそんなこと。一生の幸せのために日常の苦痛を味わいたくない。それが逃げていることだとしても。


 でもそれは、僕が悪いの?

悪いのが風間なら、どうして僕が一層苦しむの?逃げちゃだめなの?だってもう今だって十分傷付いているんだもん。どうしてこれ以上僕を苦しめるの?

 

 ひねくれた黒い感情は僕の心を食い破る。

僕は、弱虫でしかも最低なやつだ。


 これから、僕を善意で助けようとしている少女を傷つけるのだから。

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