9《これね、勇気が出るくまちゃんなの》
セリカと出会ってから1ヶ月が過ぎた。
僕の日常は変わらない。学校ではいじめられて、夜になると裏山に行きセリカと話す。
セリカはいつも黙って話を聞き、その後に超ポジティブシンキングで僕を脱力させた。大したことを言ってくれるわけでもないが、それが僕の励みになっていた。
――前のように辛い思いをしても、また自殺をしようとしなくなったのはセリカのおかげだった。
あの夜自殺をしようとした自分を僕は後悔などしてない。本当に、本当に辛かったのだ。あの時はどうかしてたなんて言うつもりもないし、実際学校では今でも変わらず惨めな思いをたくさん味わっている。
でも、今は生きていて良かったと思っている。クラスで無視されても、水をかけられても、泥棒扱いされても、たった一人でも僕の事を無条件に信頼してくれているセリカの事を想うと、僕は何とか耐えることができた。
「わっ!」
「!」
……びっくりした。いつもセリカは音もなく僕の前に姿を現す。まるで猫のようだ。
「わぁ、なんかいい匂いがする〜!なになに、さつま芋?」
「うん、今日は焼き芋だよ。石焼き芋の移動販売車がちょうど家の前に来たから買ってみた。」
最近、僕は時々コンビニの肉まんや温かい飲み物を買ってくるようにしている。セリカは何度かお金を払おうかと提案してきたが、大した額ではないので固辞していた。
正直、僕のつまらない話に付き合わさせるのも申し訳ないし、何より寒い。
買ってくると、セリカも喜ぶのでなんとなくそうしていた。
…一人で食べるのも虚しいし。
「うわーい、おいしそう!!!」
子供のような歓声を上げ、セリカは半分に折ったさつま芋にかぶりついた。
「おいひー、とろっとろだあ」
一人で食べるとわびしいが、やはり誰かと食べるものはおいしい。
――……いつからだろう、母親と一緒に食事を取らなくなったのは。最近はまた家に帰って来ていない。最後に会ったのはいつだったのかさえ思い出せない。どんな顔してたっけ。
「見てみて、金色だよっ!?黄金のお芋だよ!?おいしそうでしょ〜!?」
「いやいや、同じもの食ってるし」
天然だ。なかなかいい性格してるな、この女子高生。にっこりと笑うセリカを見てると、何となく胸がきゅっと痛くなったような気がして、さりげなく目を逸らした。
「…今日は、どうだったの?」
「今日は風間にお弁当に木工用ボンドかけられて体育の時間に体操服隠されて放課後トイレに閉じ込められて上から汚水をかけられた」
「…今、よく息続いたね…?」
微かに笑いながらセリカが呟く。
そこじゃなくて!!!
「今日もなかなかすごいね、風間くん。飽きないのかなあ、そんなことばっかりして」
セリカが芋をかじりながらぼやいた。
そのまま、ふと思い出したようにポケットをまさぐる。
「はいっ、これ」
ポケットから出てきたのは、小ぶりなクマが付いたキーホルダー。赤いギンガムチェック柄でかわいらしい。
反射で受け取ると、セリカは満足したようにまた芋にかぶりついた。
「え?これ、なに?」
「くま」
見りゃ分かるよ、そんなこと。そういう事じゃなくて、このクマがどうしたのかが知りたいんだけどなぁ…。
「これね、勇気が出るくまちゃんなの」
「……はい?」
「これを持ってると、勇気が出るの」
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