6《セリカ、ちゃんと待っててくれるかな》

 目が覚めた。おそろしくまぶたが重い。たぶん腫れている。


昨日、泣きすぎたもんなあ。

 

 裏山から家に帰ると、もう時計は3時を回っていた。そこから慌てて寝たのだが、今日は睡魔の一日になりそうだ。

 

 顔を洗い、食パンをかじる。

テーブルの上には、1000札が4枚乗っていた。


「……来てたんだ」


どうやら昨日、母親が家に戻ってきていたらしい。金だけ置きに来て、またどこかに行ったようだが。

……普通、深夜に息子がいなかったら少しは心配ぐらいするのではないか。しかも深夜徘徊なんてしたことのない息子だ。だがスマホには何のメッセージもない。素晴らしい放任主義だ。

 

 歯を磨き、アパートを出た。

ぼろぼろの古いアパート。ここで暮らしていることもいじめのネタの一つだ。

奴らは、僕のする全てのことに難癖をつける。どうしてそうなのだろう。なぜほっといてはくれないのだろう。逆に、何でも嫌がらせに直結できるような思考回路に感銘を覚える。


 いつもは学校に行く道の途中、憂鬱で憂鬱で仕方が無いのだが、今日は違った。


「セリカ、ちゃんと待っててくれるかな」


 つらつらと考えるのは昨日のこと。

正直、まだ信じきれてない。無条件に信頼するにはあまりにも傷付いていた。だが嬉しいことには変わりがない。


 何というか、代わり映えのしないはずの景色さえ輝いて見える。紅葉、きれいだな。


「グッドモーニングめーがーねっっ!」


 突如として、平穏が消えた。

騒々しい声と共に勢い良く突き飛ばされる。


「っ!」


完全に不意をつかれたために、あっけなく僕は顔から転がった。鼻がもげそうだ。


「あはははははは!!!いや、お前朝から面白いなっ!!」


耳障りな笑い声が上から降ってきた。

顔を上げなくてもわかる。

『奴ら』のリーダー・風間だ。


「ちょっと肩触ったくらいで転がるとかどんだけ非力なんだよ?なぁ??」


 風間が周りを煽りながら絡んでくる。

周りも周りで、一斉に下卑た笑い声をあげた。


 頬が火照るのが分かる。そのくせ鳩尾の辺りが殴られたかのようにきゅっと縮み、足から冷えていくのも。


 やめろやめろやめろ。やめてくれ、僕に構うのはやめてくれ。ほっといてくれ。


 だがもちろんその望みも叶う訳もない。

偶然ともいえども、朝っぱらから奴らと会うような時間に家を出てしまった自分を呪うだけだ。


――……いやいや、お前のちょっとって誰基準!?

人を突き飛ばせるほどの力量がちょっとなら、お前格闘技の世界で余裕で世界チャンピオンだろ!?ふざけたこと言ってんじゃねーよ!ってかあっちいけよくそ野郎!!!


 ……幸い、激しい罵倒は頭の中に留まったらしい。言葉が漏れ出てこないように、僕はキツく唇を噛んだ。言い返せたらどんなに気持ちが良いかは容易に想像できる。だが、口に出したが最後、何も言えないほどボコボコにされてしまうだろう。


「今日も楽しませてくっれっよっ!」


奴らは派手に僕の頭を叩いて去っていった。

悔しい。悔しい。

無力な自分が悔しい。

立ち向かえない、弱虫な自分が悔しい。


転んだ拍子に擦りむいたらしい頬が思い出したように痛み始めた。



――風間清正とは、かれこれ幼稚園からの付き合いになる。

成績優秀、容姿端麗、品行方正を絵に描いたようなスバラシイ男だ。

……表では。

裏では、僕を執拗にいじめて楽しんでいる最低な奴だ。噂では、親にスポイルされている鬱憤をいじめることで晴らしているんだとか。最低クズ野郎だ。

そんな奴の名前が、どうして清く正しいとついているのか。厳重に抗議を入れたい。誰にだ。親にだ。


奴らが、

「お前根暗陰キャなのに光って名前、おかしいよな〜?」

と言うたび、

「お前もなっ」

と、返したくなるが、もちろん言わない。

というか、インキャに構うな。自分を陽キャだと思ってんだろ?じゃああっち行けよ。

――……これももちろん言えない。

今までの経験上、言い返したら倍以上になるのだから。


 度重なる、もう習慣と化しているいじめに神経が磨り減る。抵抗しても無駄、何も変わらないという意識が呪いのように刷り込まれていた。


 いっそこのまま家に帰りたいが、帰ったら帰ったでまたひどいことをされるのは目に見えている。

この前と同じように、家に生ゴミを投げ込まれたくなかったら大人しく学校に行くしかない。


早く、夜になればいいのにな……

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