第9話 血統書付きの猫
翌日、監察医務院につくまで、涼子は妙に口数が少なかった。目も合わさない感じだ。
礼人は
(落ち込んでるのかな)
と思い、
「チキンクリームシチューとサーモンクリームシチュー、どっちがいいですか」
と訊いてみた。
「チキン――いや、サーモン……ハッ!?
いえ、あの、いつも食事まで申し訳ないです。自分で何とかしますから」
と涼子は言う。
礼人は、少し残念な気がした。
「では、ありがとうございました」
ちょうど着いた監察医務院に、涼子は足早に入って行った。
礼人達は、涼子の過去を調べていた。
出生地は神戸。父親は元公家の末裔の商社マンで、母親は元華族の末裔の専業主婦だったが、涼子が高校生の時に海外で飛行機事故に巻き込まれて死亡。家族はIT関連会社を起業した兄のみになった。
2歳になる少し前に誘拐事件に巻き込まれているが、無事に救出されている。
学生時代はずっと、完璧、クール、美人と言われ、憧れられる存在で、半面、親しい友人などはいなかったらしい。
「特に恨まれるような事は見当たらないですね」
「公平か。
美人でない娘の親とか、成績が優秀でないやつとかが逆恨みしてるんじゃ?」
「それじゃあ、探りようがないな」
溜め息が出る。
「その誘拐事件っていうのは?」
礼人が訊くと、晴真は手帳をくった。
「はい。公園で遊んでいた有坂先生ともう1人の女の子が身代金目的で誘拐されまして、5000万の身代金を要求され、受け渡しで捜査員の存在がバレ、もう1人の女の子は遺体で発見されたそうです。その後、監禁されていた廃屋でたまたま目撃され、通報を受けて捜査員が急行し、救出されています」
「たまたま目撃?」
「はい。ハイカーが道に迷って廃屋のそばに出て、小さな女の子と様子のおかしい男がいるのを見て、通報したそうです」
「そんな事があったのか」
「有坂先生は事件がショックだったのか、単に2歳になる前だったからか、その記憶はないそうですよ。ただそれ以後、口数が極端に少なく、大人しくなったとか」
どよめくような溜め息のような声が、さざ波のように広がった。
「それにしても、有坂先生っていい所のお嬢様なんですね、家柄が」
礼人はふと、血統書付きの猫を思い浮かべた。
(懐いたかと思えば距離を取る。頭を撫でさせた翌日には警戒か?猫だな、本当に)
そして、妙に嫌な予感がして来た。
「ちゃんといるんだろうな」
ぼそりと呟くと、係長が言う。
「先生か?一応、検視とかには出さないでくれと所長には頼んであるぞ」
「嫌な予感がします」
念のために監察医務院に電話をかけ、そして、涼子が有給休暇を取る手続きをして早退したと聞いて、思わずののしった。
「あのバカ猫、何を考えてやがる」
刑事課の面々は、涼子をバカ扱いするとは何事かと怒りかけ、理由を聞いて騒然となった。
「大変だ!先輩、探さないと!行きそうな場所ってないですか!?」
晴真はオロオロとしながら訊いた。
「行きそうな所、か」
礼人は考え、涼子の事を何も知らない事に愕然とした。
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