第86話 振り返らないで、踏み出して
紅葉祭の閉会式が終わった。
俺は一度教室に戻って、ららとの約束の場所へ走る。
もう迷いはない。
あの砂浜で言えなかったことを言うんだ。
人の流れに逆らって、校舎裏に向かう。
俺がハート紅葉を探しているときに見つけた、絶好の場所。
紅葉の葉が散るその中心に、ららはいた。
「あっ先輩、おっそいです! ぶぅー!」
前と変わらない反応を見せるららにほっとする自分がいる。
だが、前と変わらないわけがないことを俺はわかっていて。
でも俺はあえてららに合わせる。
「悪い悪い。ちょっと取りに行きたいものがあってな」
「私という美少女を差し置いて……不満です!」
「すまんすまん。この顔に免じて許してくれ! な?」
「先輩の顔に罪を許せるほどの価値ないですよーだ」
「知ってた」
俺の言葉に、ららがクスッと笑う。
こんな風に、お互いちょうどいい距離感を保って紅葉祭を終えたかった。
……だけど、そうじゃない。
俺は選択の結果を、俺の決意をららに伝える義務がある。
義務……っていうよりは、伝えたいのだ。
あの砂浜での続きをするみたいに、沈黙が訪れる。
だけど俺は、もう俯かない。
まっすぐとららを捉えて、約束を果たそうと口を開く。
「らら」
「はい」
「あの時の、返事をする」
「はい」
ららは決して逸らさないという意思を瞳に宿していた。
その瞳に俺が映る。
でもその瞳に映る俺は、もう迷わない。
一歩を、踏み出す。
「俺は加恋が好きだ。だからららとは付き合えない」
俺がそう言うと、ららは苦しい顔一つとして浮かべず、ニヤッと笑った。
「わかってました。だって先輩、あんなに大きな声で叫ぶんですもん」
「あれ? もしかして……聞こえてた?」
「もちろんです。先輩ってば、熱い男なんですねぇ」
「う、うっせ!」
「にひひ~♪」
上機嫌に笑うらら。
俺がずっと励まされてきて、元気をもらってきたららの笑顔が輝く。
それこそ、舞い散る紅葉に負けないくらい。
「まっ先輩は今すぐ、約束の場所に行ってください。そんで、早くすることしてきてくださいっ!」
「どうわっ!」
背中を思いっきり叩かれる。
これ絶対紅葉みたいな痕つくよなぁ……。
かなりヒリヒリする。
「さっ、早く行ってください!」
追い打ちをかけるようにそう言うらら。
相変わらず顔は笑っていて、普通に見える。
だけど、俺はわかっていた。
わかっていなきゃ、逆におかしい。
「わかったよ。行くから背中叩くのはノー!」
「ほんとはこれ、ご褒美なんですからね?」
「俺はエムじゃなっての」
そうツッコんで、踵を返す。
もう振り返らない。
だって今にも――ららは泣いてしまいそうだから。
だけど俺は、俺の選択を後悔しちゃいけない。
俺のためにも、ららのためにも。
「らら、ありがとな」
俺はそうとだけ言って、目的地に向けて走り出した。
もう振り返らない。
決して、振り返らない。
***
(らら視点)
先輩が早く行ってくれてよかった。
もう泣かないって決めたのに、私は泣きそうだったから。
全く、昨日の夜にあんなに泣いたのに、私の涙は尽きてくれないの?
どんだけ泣き虫なんだよ、私は。
「あーあ、失恋しちゃった」
自分に言い聞かせるように言って、一人であることを実感する。
わかっていたことだけ、それでもやっぱり悲しい。
現実を突きつけられるって、やっぱり嫌だなぁ。
……でも、先輩は私の好きな先輩でいてくれた。
最後まで先輩を好きでいさせてくれた。
感謝するのは私の方だよ、先輩。
「……ダメだ、泣いちゃう」
泣かないって決めたけど、強がるって決めたけど。
そんなの私には無理だ。
女の子は無敵だとか言っておきながら、女の子はただの女の子でしかない。
――恋をしてる時だけ、女の子は無敵なんだ。
つまり私はもう、ただの涙もろい女の子。
おとぎ話でもあるまいし、現実はそんなもんだよね。
私は溢れ出てくる涙を拭いながら、紅葉の木に寄っかかった。
溢れる涙は、止まらなかった。
「らーら。そんなに泣いたら目、腫れちゃうぞ?」
そんな言葉が聞こえる。
その言葉が聞こえる方を見ると、そこにはたくさんの陸上部の友達が立っていた。
そして私に近づいてきて、そっと抱きしめてくれる。
「でもまぁ、今日くらいはたくさん泣いていいんじゃない?」
「我慢しないでいいよ、らら?」
「う、うぅ……み、みんなぁ……」
あーあ、もうダメだ。我慢できない。
私は声を上げて泣いた。
友達に囲まれて、温かなぬくもりを感じながら泣いた。
私は、一人じゃないんだ。
私は一生分、泣いた。
そして、たくさん笑った。
***
階段を駆け上がる。
心臓の鼓動を、時計の針が刻む律動を追い越すように。
一万回目の、あの場所。
始まりともいえる、あの場所。
ドアを勢いよく開け放つ。
ビューっと心地よい風が吹いて、見晴らしのいい景色が飛び込んできた。
「おまたせ、加恋」
「遅いわよ、律」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます