第85話 物語はエンドロールに向かう


 加恋の愛の告白に、会場が沸き立つ。

 水が過剰に沸騰するかのように、叫びにも似た歓声が響き渡る。


 みんなが加恋の愛の告白に、胸を熱くさせているのが分かる。


 またこの感じ。

 周りは喧騒に満たされているのに、俺の心の中は至って静かで、心臓の鼓動の音しか聞こえない。


 昔誰もいない孤独の部屋で一人、時計の針が時を刻む音だけが響いていたような、そんな記憶と重なる。

 だけどそんな世界から俺を連れ出してくれたのは、いつだって――加恋だった。


 加恋と目が合う。

 きっと勘違いなんかじゃなくて、加恋は懐かしい無邪気な笑みを浮かべて俺と心を通わせていた。


 

 ――好きの言葉は、『ホンモノ』だよ。



 まるでそう言っているかのようだった。


 俺は拳を握りしめて、加恋を真っすぐ見据える。


 

 俺はずっと、選択するのが怖かった。

 何かを選択するということは、同時に他の未来を捨てることと同じことだったから。


 だから俺は、何も得ず何も捨てない、選ばないという選択をしてきた。

 悩んでいるふりをして、選ばなかった。


 ……だけど。

 痛いほどにお互いの気持ちを刺して触れ合うこの気持ちから、逃げられない。


 もう逃げるなんて、そんなのできない。


 何かを得るということは、同時に何かを捨てるということでもある。

 

 人間の手のひらはそんなに大きくなくって、俺みたいな人間はもっと小さい。

 大切なものをぎりぎり一つだけ持てるくらいしか、できないんだ。


 だから、俺はその一つは絶対にこぼさないように、大切に抱きしめていきたい。


 だから、だから俺は――


 

 大好きな人を、これから幸せにしていく。

 俺の小さな、この手で。



 うるさいくらいの静寂を薙ぎ払って、息を吸う。

 最短距離で、もう迷わない気持ちを込めて――







「一万回目のあの場所で、待ってるッ‼」






 

 たくさんある言葉の、歓声の中に揉まれて消されてしまう俺の言葉。

 他の人から見たらただの雑音でしかなくて、きっと届かない。


 ――だけど、加恋だけには届いてる。


 加恋は俺の言葉に、目尻に涙を浮かべて頷いた。




   ***




(白幡さん視点)


 神之木さんの言葉が、私の心を貫いた。


 神之木さんの迷いのない水晶のような瞳は、真っすぐ紅葉さんの方を向いている。

 私は一方的に、そんな神之木さんの姿を見ているだけ。


 私はスポットライトが当たらない陰の部分で、一人終わりを噛みしめていた。



 ――わかってた。


 

 ……わかってた。

 

 なのにどうしてだろう。

 

 なんでこんなにも――悲しいんだろう。


 目の奥に熱いものがこみ上げてくる。

 これが涙だと知るには少し時間がかかった。



 私の初めての恋は、初めての失恋も連れてきた。


 

 決まっていた運命。

 抗えないと、覆らないと分かっていた運命。


 なのにどうしてだろう。


 


 ――気持ちが溢れてやまない。




 ミスコンが終わる。

 私の恋が終わる。


 でも、後悔はないから。


 私は傷ついても、やっぱり思う。





 恋をして、恋を知れて――よかった。








   ***




(上星視点)


 白幡さんの辛そうな涙が見えて。

 

 俺は気づけば野外ステージを飛び出して、ステージ裏へ駆け出していた。


 盛り上がるステージ。

 それとは裏腹に、光の少ないステージ裏。


 俺はそこで、一人涙を流す少女の姿を見つけた。


 なんて声をかけていいのか分からない。

 そもそも、俺と白幡さんは話したことあったっけか。


 まぁ今そんなことはどうでもいい。


 好きな子が泣いている。


 それ以外正直どうでもよかった。


「白幡さ……」


 そこまで言いかけて、止まる。


 今俺は、どんな言葉をかけてあげればいいんだろう。

 もしかしたら、そっとしておいてあげた方がいいんじゃないだろうか。


 ……ダメだ、俺バカだから考えてもわかんねぇわ。


 でも、白幡さんの気持ちは分かる。


 だって俺もちょうどさっき、君に失恋したんだから。


 だから、分かるよ。


 俺はゆっくりと歩み寄って、止まる。

 そしてずっと取り出せなかったものを取り出して、差し出した。



「あのさ、ハンカチ、使う?」



 ほらな、神之木。



 使う場面、あるじゃねーか。

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