第78話 泣きながら笑う

 文化祭準備の三日間を終えて。

 明日ついに紅葉祭が開催されるということもあって皆が浮足立つ中――


「あっこの組み合わせ美味しいです!」


 俺はこのドリンクバー大好き少女、白幡さんと行きつけのファミレスを訪れていた。

 現在白幡さんはドリンクバーの調合中。最適解を見つけようと、今日も研究に励んでいる。


「ほんと好きだよな、ドリンクバー」


「だって、これは青春みたいなものですよ! 好きにならないわけがないじゃないですか!」


「熱意がすげぇな……」


 確かにドリンクバーが嫌いな女子高校生はいないと思うけど……。

 そんな推しのアイドルみたいに熱狂するほどのものですかね?


「今日のドリンクバーも癒されます……はぁ」


 さながら恋焦がれる乙女のような表情を浮かべる白幡さん。

 もしかして初恋がドリンクバーとか……いや、ないよね?


 そしたらほんとに一般という境地に戻ってこれなくなるからね?


「で、今日はどうしたんだ? もしかして……ただドリンクバーを楽しみたかっただけ?」


「ただドリンクバーを楽しみたいだけなら一人ドリンクバーしてますよ」


「なんだその一人カラオケみたいな言い方。ってか一人ドリンクバーは虚しすぎるだろ……」


「そんなことないですよ? 一回やってみたんですけど、案外楽しかったです!」


 いや一回やったんかい!


 その探求心は目を見張るものがあるけど……それにしてもすごい精神力だな。

 もういっそのことドリンクバーと結婚しちまえと思う。


「まぁ神之木さんと一緒に来た方が、楽しいですけどね」


「そりゃどうも」


 白幡さんの言葉をとりあえず受け取りつつ、コーヒーを口に含む。

 口の中に広がる苦みで、目が冴える。


 ここ最近、コーヒーばかりを飲んでいる気がする。

 まぁ、仕方ないことか。


「で、夏休みの期間で私、恋愛関連の映画やドラマ、小説や漫画を見て研究したんです!」


「ほぉーそりゃすごいな」


「はい! それで恋愛について、かなり理解が深まったんです!」


「そ、そうか……」


 こうして白幡さんにレクチャ―しているが、俺自身あまり恋愛について理解できていないよなと思う。

 実際今悩んでいるのは恋愛のことで……こんな俺が教えてやれることはあるのか?


 自分の中にそんな疑念が浮かぶ。


「それに最近知ったんですけど、どうやら明日始まる紅葉祭には恋愛に関するジンクスがあるらしくて――って、神之木さん?」


 …………。


「……えっあっ、ん?」


 白幡さんの言葉を消化するのに数秒ほど時間がかかった。

 どうやら俺はぼーっとしていたらしい。


「神之木さん、疲れてません?」


「つ、疲れてねぇよ?」


「それは嘘です」


 白幡さんの言葉はまっすぐだ。

 それでいて真実を映す鏡のよう。

 きっと嘘など、彼女の眼にはくっきり映ってしまうのだろう。


「神之木さんの目の下、かなり濃いクマがあります。それに体が重そうです」


「うっ……」


「明らかに、疲れてますよね?」


 もう一度問われる。


 将棋のように丁寧に詰みに持っていかれた俺ができるのは、降伏宣言のみ。

 俺ははぁとため息をついた。


「……最近、徹夜続きなんだよ」


「なんでですか?」


「それは……考え事」


 あえて考え事、とぼかす。


 すると白幡さんが立ち上がって、強引に俺の横に腰を掛けた。

 そして俺の手を握り、眼前まで迫ってくる。



「私に、話してください」



 力強い白幡さんの目。

 その瞳が俺の顔を映し出す。


 ……俺、疲れてんだな。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………わかったよ」


 俺の負けだ。

 

「話すから、対面に座ってくれないか?」


「…………」


「いや、ほんとに」


「……分かりました」


 白幡さんが俺の対面に座り直す。

 俺は一口コーヒーを口に含んで、息を吐きだした。


 何を話せばいいのか、頭の中で整理する。


 きっともう、時間がない。

 昔からきっと、自分一人で考えて、自分一人で結論を出すカッコいい主人公にはなれないのだと思っていたのだ。


 もう、人を頼ってもいいんだよな。


 俺の心を見透かしたみたいに、聖母の微笑みを浮かべる白幡さん。

 俺は気づけば、ポロポロともう溢れ始めていた言葉を漏らしていた。



「実は俺、大事な後輩に告白されたんだ」



 その言葉を皮切りに、俺はここ最近あったことをすべて話した。

 自分の心の中に溜まりに溜まった感情をすべて吐き出すように。


 俺は加恋を好きになっていいのか。

 それとも大事な後輩の告白を、受けた方がいいのか。


 すべてを話し終えた頃には、陽はすっかり沈んでいて、辺りは夜に包まれていた。

 

 白幡さんが飲み干したコップをカタンと机に置く。

 そして長い時間ぶりに、口を開いた。


「まずは一つ、聞かせてください」


「あぁ」


 息を吸って、吐く。

 そんな暇さえ与えないほどに、白幡さんの言葉が心に突き刺さった。







「神之木さんは、紅葉さんが好きですか?」







 その言葉が膨らんで、俺の心をいっぱいにしていく。


「そ、それは……」


「映画や小説のように手を繋いで、傍に寄り添って、一緒の時間を過ごしたいと思いますか?」


「それは……!」


「恋人らしくキスをして、愛しく思って、傷ついて。紅葉さんで満たされたいと、そう思いますか?」


「っ……‼ そ、れはッ……!」



「何に代えても、紅葉さんといたいと思いますか?」



「それはッ!」


 言葉が出てこない。

 その代わりに、溢れてくる加恋との日々の記憶。

 

 

 不器用で、いつも冷たい彼女。

 だけどたまに優しい言葉を投げかけてくれて、ずっとずっと優しい彼女。

 実は俺のことを気にかけて、寄り添ってくれる彼女。

 昔から俺の後をついてきてくれて、俺の意見を尊重してくれる彼女。

 嫌なことも顔色一つ変えずにやってのける、強い彼女。

 ツンデレのくせに、ツンばかりの彼女。

 水着が最高に似合う彼女。

 海が最高に似合う彼女。

 何時だって心を温めてくれる彼女。

 どんな時も、横にいてくれる彼女。

 なんだかんだで俺の話を聞いてくれる彼女。

 いつも寝坊して、寝起きが悪い彼女。

 寝草が特徴的な彼女。

 好きなことにはまっすぐで、きらきらした瞳を持つ彼女。

 たくさんの時間を共に過ごした彼女。

 

 ――ひまわりのように華やかで、バラのように美しさと鋭さを兼ね備えていて、桜のように儚い笑顔を持つ彼女。



 あぁ。


 

 ……あぁ。


「あ、れ……? 俺、なんで泣いて……」


 あれ? おかしいな?


 全く泣く予感なんてなかったのに、目の奥が熱いや。

 それに涙が溢れて止まらない。

 まるで思いのように、溢れて止まらない。


「私に恋はまだまだ分かりませんが、きっとその涙が、神之木さんの答えなんですよ」


 そうなのか。


 こんなにも簡単なところに、俺の探していたものはあったのか。

 こんなにもすぐ近くに、俺の気持ちはあったのか。


「神之木さん、それがきっと、神之木さんの気持ちですよ」


「そう、だったのか。こんなにも、簡単だったんだ」


 もはや笑えてくる。


 今まで悩んできたことがバカらしく思えてきた。

 いや、実際俺はバカだ。とんだバカ野郎だ。







「俺、加恋のこと、好きだったんだな」







 一万回、積もりに積もった思い。

 それがまた一つ積もる。


 溢れてやまない、この思い。

 

 昔雪の降る日、加恋と見上げた空のように。

 

 

 止むことを知らず、思いは降り続けている。



 また笑顔が漏れる。


 

 あぁそうか。


 泣きながら笑うって、こういう気持ちなんだな。



 

 

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