第77話 小さな手に、たくさんのものは乗らない
ドン・〇ホーテで買い出しを済ませた俺たちは、何故か加恋の提案で近くの公園を訪れていた。
というのも、もはや提案ではなく……あれは強制だった。
ベンチに座って一息つく。
「ほんとにいいのか? 寄り道なんかして」
「別にいいんじゃない? そんなに長くいる予定もないし」
ならなぜ公園に立ち寄ったのだろう。
今日の加恋は、ほんの少しおかしい。
「そんなに公園好きだったっけ?」
「私というよりは、律が公園好きだったわよね。昔」
「昔……な」
「この公園も、昔よく来た公園の一つよね」
俺たちの家の近くには公園があって、ほとんどはそっちに行っていたけどこの公園はたまに訪れていた。
この公園は行きつけだった公園とは違い、かなり広い。
中心に大きな池があって、それを囲むようにランニングコースが設置されている、ちょっとした森。
昔は芝生の上に寝転がって、昼寝とかしてたっけ。
「懐かしいなぁ、私たちが二人で外で遊んでた日々」
「確かにな。毎日二人で遊んでたもんな。よく飽きなかったもんだ」
「そりゃそうよ。だって私と遊んでるんだもの。きっと毎日楽しかったでしょ?」
「……まぁ、そうだな」
肯定するのは恥ずかしいけど、加恋の言うことに間違いはない。
あの時は今よりももっと純粋に、自分の気持ちに素直になって行動できた。
それこそ今みたいに悩みなんて一つもなくて、ただただ加恋と過ごす時間の楽しさを毎日ひたすら噛みしめていた。
……でも、いつから俺はしたいしたくないで物事を判断できなくなったんだろう。
これが大人になるってことなのかな。
「私も、楽しかったな」
加恋の純粋な笑顔が、幼い頃と重なる。
なんにも変わっちゃいないものが、ここにあった。
「ねぇ、律。最近何に悩んでるの?」
さっきの表情とは打って変わって、でも穏やかな表情を浮かべる加恋。
……だが、その質問には答えることはできない。
だってこれは、俺が解決すべき問題であって。
それに加恋にだけは、手を借りてはいけない。
「…………」
「……そう。まぁ話したくない悩みくらい、律にもあるわよね」
その言い方だと、まるで加恋にもあるような……。
「じゃあ方針を変えるわ。律、もし今なんでも一つだけ願いが叶うとしたら……何を願う?」
なんでも一つだけ。
またしても、選べるのは一つだけ。
これは逆に言えば、たくさんある願いの中の一つだけを選んで、残りはすべて捨てると同義であった。
確かに欲しいものは何個も手に入れられない。
でも、子供のように俺は思う。
――なぜ人は、大切なものをたくさん抱えられないのだろう。
さも当然の常識を受け入れられない自分が、こういうときだけひどく幼くて、情けない。
「……どうだろ。わかんねーな」
「なんでもよ? 律の欲しいもの、したいこと。何でも叶えられるのよ?」
なんでも、と言われれば逆に困る。
俺に捨てられる選択肢など一つもない、むしろ選べる選択肢が一つであればよかったのに。
「……やっぱ、わかんねーな。俺、欲張りだからさ。一つに決められねーわ」
「……そうね。昔から律は欲張りだったわね。それでいつも私のことを振り回して」
「その節は、誠に申し訳ない……!」
「許す」
「ありがとうございますッ!」
「ふふっ、おかしい」
確かに、俺はおかしい。
そんなの昔からわかってる。
だけど人間、みんなおかしいんじゃないかって、自己保身からかもしれないけどそう思うんだ。
「私はね、その願い……昔から決まってるの」
加恋が遠くを見上げる。
どこまでも続いていく澄んだ青空が、俺たちの視界いっぱいに広がっていた。
加恋が夢を語るように、口を開く。
「私は――お嫁さんになりたい」
その言葉が、真空状態の世界に放り込まれる。
配線コードみたいに複雑に絡まった思考が、消し飛んで真っ白になった。
「私はそのために、他の願いを全部捨てたっていい」
加恋の強い意志。
そんな願いが、選択肢が喉から手が出るほど欲しかった。
「律はさ、昔っから欲張りで、猪突猛進のくせに悩むときはずっと悩むよね」
「っ……! そ、それは……」
「幼馴染だもん。ずっと一緒にいるんだもん。それほどに、私は律のことを見てきたんだよ」
「か、加恋……」
加恋の言葉が、過ごしてきた時間全部を乗っけている。
その時間がどれだけ長くて、濃いものだったのか。
一緒に過ごしてきた俺は知っている。
「昔はさ、ずっと律に引っ張られて、律の後について行くだけだったよね」
そう言いながら、加恋が立ち上がる。
そしてそっと手を差し伸べて言った。
「でもこれからはさ、私も律のこと引っ張っていくから。ついてきたかったら、悩んで立ち止まるしかできないんだったら、私の手を取ってよ」
加恋……お前どこまで俺のことを知って――
喉元まで出かかった言葉は、そっと飲み込まれる。
加恋はわずかの間手を差し伸べて、すぐに引っ込めてしまった。
「私は律に、笑っていて欲しいよ」
加恋の存在と雰囲気と、溢れんばかりの積み重ねた時間と一緒に、その言葉を残して先に行く加恋。
加恋もまた、俺を置いて先に行ってしまう。
この光景が、あの時見た光景に重なる。
まるで俺に、選択を迫るみたいに。
「……加恋、もしかしてお前、俺のことを元気づけようとして……」
加恋は後ろを振り返らず、前だけを向いて歩きだす。
俺はそんな加恋の背中に手を伸ばして、空を切った。
「…………」
選択の時が、迫っていた。
***
準備を終えた俺は、家に帰ってソファに沈む。
ふと振動したスマホに視線を向けると、白幡さんからメールが来ていた。
『放課後、会えますか?』
一分後、俺はメールに返信した。
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