第76話 二人っきりの買い出し
戦力外通告を受けた俺と上星は、誰でもできるような雑務をこなしていた。
だがそれもなくなってきて、とにかく暇。
邪魔にならない程度に教室をうろついて仕事を探しつつ、さながら短期バイトでやりくりするフリーターのようになっていた。
「俺たちの存在意義ってなんだろうな」
「知ってたら徘徊してねぇよ」
ふはぁ、とあくびが出る。
眠い目を擦って、何とか目を開けた。
「えっ材料切れちゃったの⁈ それはマズいね……」
黒板アート班からそんな声が聞こえてくる。
これは仕事の予感がする……。
俺たちはがっつかず、まずは耳を傾けた。
「これは買い出ししないといけないわね。私行ってくるわ」
「で、でも加恋だけじゃ荷物の量が……」
「確かに……」
どうやら相当な量になるらしい。
加恋は女子らしく非力だ。まぁ総合力で言ったらサ〇ヤ人並だが。
今までの俺だったら、こういうときは率先して名乗りを上げ、加恋のフォローに回っていたと思う。
だが、今は二人っきりになることをどこか避けている自分がいた。
朝一緒に登校しているし、確かに二人っきりになる機会はあることにはあるのだが……極力避けている。
それはどこか、運命が決まってしまうように思ったからだろう。
なんにせよ、俺は反射的に上げそうになった手を抑えた。
「その買い出しの荷物持ち、この神之木君にお任せあれ!」
……は?
お前何言って――
「じゃあ神之木君よろしく!」
「ちゃんと荷物持ちしてよね~!」
……おい。
上星に向けて抗議の視線を送る。
しかし、返ってきたのは「やってやったぜ☆」と言わんばかりの清々しい表情と、サムズアップ。
……貴様ァッ!
「じゃあ律、行くよ?」
「……あい」
俺は勘違いして変な気づかいをした上星に視線でエールを送られつつ、加恋の隣を歩いて教室を出た。
内心、複雑な感情が渦巻いていた。
訪れたのは、学校近くのドン・〇ホーテ。
ここには何でも売っており、文化祭の買い出しには持って来いの場所。
「私ここに来るの初めてなのよね」
今どきこの店に来たことがない高校生は珍しい。
もはやこの店に入店して激安の明らかに需要がない商品を買うのが、大人になるための通過儀礼になりつつある。
ちなみに俺は、ここでビリビリグッズを購入した。
今なお未開封の状態で押し入れにしまってあるけど。
「すごいわね……なんかダンジョンにでも入った気分だわ」
「……俺たち一応、買い出しで来てるんだからな? そこ忘れるなよ?」
「わ、分かってるわよそれくらい!」
と言いつつも、変装グッズコーナーに吸い込まれていく加恋。
こうも無邪気なのは珍しい。
「えっ何これ! 見て見て律! カラフルアフロ!」
「そんな珍しいもんでもないだろ」
「……被って」
「嫌だ」
「えぇー律にはきっと似合うと思ったんだけど」
「それもしかして褒めてる?」
「大絶賛ね」
「嬉しくねぇな……」
加恋からカラフルアフロを取り上げて、元に戻す。
こんなのつけたらバカにされるに違いない。ちなみにチェキは一枚千円な。
ぶぅー、と不満げに頬を膨らませる加恋。
だが目に入ったメイド服を手に取って、ふんふんと頷く。
「確か律の部屋にメイド服を着た女の子が主人公を甘やかす漫画あったわよね」
「な、なんで知ってんだよ!」
あれは少し過激な描写があるから本棚の奥に隠してたはずなのに!
「幼馴染の本棚事情を知っているのは普通でしょう?」
「いや普通じゃねぇよ……」
「普通よ。だって万が一律がえっちな本を持ってたら、立ち回り方に気をつけなきゃいけないもの」
「別に襲ったりしないからな?」
「さぁ、どうかしら」
信用していない様子の加恋。
今更昔から一緒にいる幼馴染に何を警戒するというのか。
……いや、一万回も告白してたらそりゃ警戒するか。
でも更衣室ではあんなに密着してたし……思い出すだけで顔から火が吹き出そうだ。
結論。
女子の気持ちは分からない。
「…………」
加恋はメイド服を手に持って、にらめっこを始めた。
頬をほんのり赤く染めて、俯きながら俺に問う。
「……私のメイド服姿、見たい?」
美少女が着るメイド服――
そりゃ、誰だって見たいに決まっている。
だが素直に「見たいです!(血走った目)」と言える俺ではなく。
「ど、どした?」
「い、いや……別に……。これで律が元気になるなら、それで……」
「ん? 最後の方が聞き取れなかったんだけど」
「う、うるさいバカ律! もう知らない!」
ぷいっとそっぽを向いて歩き始める加恋。
どうやら俺は、選択を間違えたらしい。
……全く、俺にとっての正しい選択って一体なんだよ。
連日連夜問われるその問いの解は未だ見つからず。
俺は加恋の後を追う。
荷物係としての、役割を果たすために。
「あっ律見て! このパーティーグッズ楽しそうじゃない?」
いつにもまして明るい加恋。
俺はそんな加恋に少しばかりの違和感を抱えつつ、「だな」と頷く。
加恋の笑顔を見るたびに、胸が雑巾で絞られたみたいにキュッと痛んだ。
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