第75話 拳に嘘はない

 クラスの出し物が『イ〇スタ映えスポット』に決まって。 

 俺たちは紅葉祭準備期間に入っていた。


 紅葉祭準備期間というのは、文字通り紅葉祭準備をする期間で、計三日。

 その期間中は授業は一分もなく、勉強にいそしんでいた学校はがらりと姿を変える。

 

 そんな中、俺たちはクラスの出し物の準備を行っていた。

 

 ちなみに、俺が配属されたのは黒板アート班。

 ……まぁ黒板アートとか知らないから、俺は小道具だったり材料調達してるだけなんだけどね。


「律、ただでさえスケジュール忙しいんだから働いて」


「働いてるっての働いてるっての。俺が珍しく」


 この班には、加恋も配属されていた。


「そうね。だけど……この花とか不格好すぎない?」


「えー不格好? それ作るのに三十分かけたんだけど……」


「さ、三十分も⁈ ……律、センスない。適正なし」


「開始三十分でまさかの戦力外通告⁈」


「律はチョークの色分けに移動。私が代わりにやっておくから」


「まさかの部署移動かよ……」


 まぁゴミ箱に捨てられなかっただけでもマシだ。

 それに、チョークの色分けとか頭使わないから楽そうだな。


 俺はポジティブな思考を張り巡らせて、持ち場を移動する。


「おっ神之木! もしかしてお前も戦力外通告を受けたのか?」


 大量にあるチョークを色ごとに分ける男が一人、教室の端っこで座っていた。

 

「お前もって……もしかしてお前も戦力外通告を?」


「恥ずかしながらも……な。絵が全く描けなかったんだよ!」


「描こうと挑戦しただけでも及第点だな」


 そう言いながら隣に腰を下ろす。

 チョークの一部を受け取って、機械的に分け始めた。


「お前、いいこと言うじゃん!」


 俺の肩をつついてくるクラスメイト。

 にひひ~! と無邪気な表情を浮かべていて、小学生の時に公園で遊んだ男の子を思い出した。


 上星隆之介(かみほしりゅうのすけ)。

 髪を茶髪に染めていて、耳にはピアス穴がある。

 クラス内ではトップカーストに属していて、少しチャラい印象がある奴だ。


「ってか神之木さ、紅葉祭どうすんだよ」


「どうするって?」


「そりゃ、あのジンクスのことだろ! 紅葉祭といったら、やっぱり恋に溢れるのがお決まりじゃねぇか!」


「恋……ねぇ」


「なんだ? もしかしてもう恋人がいたり……とか?」


 その言葉に不意にドキッとする。


 俺の脳裏には、二人の女子の姿が思い浮かんだ。


「……いねーよ。いたことすらもない」


「ふぅーん、そっか。てっきり俺は、そろそろ紅葉さんと付き合ってるもんだと思ってたけどな? 何せ両手じゃ収まりきらないくらいの回数告白して、ずっと一緒にいるわけだし?」


「実は付き合ってないんだなぁこれが!」


 自虐っぽく言ってみる。

 ほんの少し、心が軽くなるのを感じた。


「えぇーマジかよ‼ さすが難攻不落の紅葉さんだな……」


「まぁな」


「じゃあ、やっぱり紅葉祭のメインイベント参加した方がよくねぇか? 高校生活、恋のかけらもないなんて悲しすぎるからな!」


「その様子だと、上星は参加すんのか?」


「あったりめーよ! 俺は高校生活、後悔の一つも残さないよう謳歌するつもりだ!」


 高らかに拳を上げる上星。

 どことなく鴨居先生臭を感じたが……まぁいい。


 だが少し、上星のことを羨ましいと思う自分がいた。


「神之木も後悔一つも残さないようにした方がいいと思うぜ?」


 後悔、か。


 果たして、俺にとって後悔の残らない選択とは何なのだろうか。

 それを探しても、答えは見つからない。

 時間をかけても。


「確かに、な」


 だから当たり障りのない言葉を返す。


「だからとりあえず、ハート紅葉は入手したらどうだ?」


 ハート紅葉。

 

 それはさっき上星が言っていたジンクスの中核を担うものである。

 この高校で舞い散る紅葉は綺麗なハート型が多く、昔からそれを後夜祭で交換し合い、永遠の愛を誓い合ったものは未来永劫結ばれるというジンクスがあるのだ。


「そういう上星は、手に入れたのか?」


「あったりめーよ! 紅葉が散り始めたときから目をつけてたんだよ!」


「やる気がすげぇな……」


「だろ? 何せ賭ける思いが違うからな!」


「賭ける思い?」


「実は俺、白幡さんが好きなんだ」


「えっそうなのか?」


 上星の言葉に驚く。


 白幡さんは加恋と同じくらいに人気のある美少女だから別に驚くことでもない。

 だが最近白幡さんに恋についてレクチャーをしているためか、身内のように感じているのだ。


「あぁ。一年前くらいから、ずっとな」


 上星のことを勝手にチャラい奴だと思っていたが、ずいぶんと一途のようだ。

 一途なのは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。


 俺の中の上星に対する好感度が上がる。


「だからこうして身だしなみも整えて、ハンカチまで常備してチャンスを待ってるってのに……全くそのチャンスがねぇんだよぉ!」


「ハンカチとかお前乙女か!」


「女子はハンカチにときめくもんだろうが!」


「ピュアすぎるだろ!」


 なんだこいつちょっと可愛くね?


 ポケットの中に清潔に保たれたハンカチがほんとに入ってやがった。

 ……ますます好感度が上がる。


「それでな、俺はこの紅葉祭で、白幡さんにこの思いを告げるんだ」


 内ポケットから大切に保管されたハート紅葉を取り出す上星。

 取り扱いの慎重さから、どれほどこれに賭けているのか、聞かなくても分かる。


「……すげぇな、お前」


 思わずそう呟く。

 俺の本心からの言葉だった。


「そうか? 照れるな……」


「いやほんと、すげぇよ」


 ほんとにすごい。


 俺はそんなに真っすぐ突き進んでいけるほど、理解ができていないから。

 上星は今の俺が望む姿であって、眩しかった。


「まぁさ、お前も頑張れよ。いい思い出にしようぜ」


 拳を突き出してくる上星。 

 俺は一度躊躇ったが、同じように拳を突き出す。

 

 上星はまたにっと笑って、拳を突き合わせた。


 そしてまた、作業を再開する。



 俺はわずかに熱を持った拳をキュッと握りしめて、チョークを分けていく。


 

 頑張るって、どうすればいいんだよ。

 どうやったら、俺にとっていい思い出になるんだよ。



 問題は、まだ解決せず。


 俺は純粋な思いを含んだ上星の拳を、俺の迷うばかりの拳と突き合わせてしまったことに対して少しばかりの罪悪感を感じていた。

 

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