第74話 平温の水に浸かる

 その後、毎日はあっという間に過ぎていった。

 

 寝て起きて、学校に行って帰ってきて寝る。

 小学生の夏休みの日記でももっとマシなことを書くだろうけど、俺の日常は基本的に日記に記すにはあまりにも味気ないほどに平々凡々で。


 最近寝坊することが多く、朝加恋にたたき起こされて一日が始まることを除けば、俺の日常は全く変化がなかった。


 そんなこんなで、二週間ほどが過ぎ――



 俺は未だに、あの日の答えを、気持ちの在りかを見つけ出せていない。




    ***




「お前らもうすぐ紅葉祭がやってくるぞー喜べー」


 鴨居先生(久しぶりの登場過ぎておそらくみんなから忘れ去られているだろうが、実はひそかに人気を集めている伝説のキャラ)が淡白にそう言う。


 それで喜べる奴はいねぇだろ……。


 そう思っていたのだが、


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」」」」


 教室内の男子が熱狂する。


 ……えっ何お前ら鴨居先生信者?

 それとも鴨居先生に買収されたサクラなの? 


 鴨居先生は少し嬉しそうな表情を浮かべつつ、コホンと息を吐く。


「というわけで、クラスの出し物について決めてくれ。以上」


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」」」」


 お前らどんだけ鴨居先生好きなんだよ⁈

 それとも紅葉祭にかける思いが三年生を凌駕してるの⁈


 まぁどちらにせよ、俺のクラスの男子はバカである。


 ちなみに、紅葉祭とはこの学校の文化祭である。

 ……加恋の祭りではない。

 いや、一部ではそう本気で思っている奴もいるらしいが。


「どんだけこいつら楽しみにしてんのかね」


「とか言っておきながら、律も楽しみなんだろ?」


「……まぁ、人並みにはな」


「全く……素直じゃないねぇ」


 翔に後ろからつつかれる。


 こういう少し無邪気な一面があるところも女子心をぐさりと貫くんだろうなと思いつつ、脳内にメモを取る。


 だがはっと気づいて、途中でやめた。


 ……今はそんなことする必要、ないよな。


「じゃあ皆さん、各々案を出してください」


 眼鏡委員長がそう呼びかける。


 ちなみに、鴨居先生は教室の端で雑誌を読んでいた。

 ……ってゼ〇シィじゃねぇか。どこまでもぬかりないな。


 クラスの出し物の意見は、先ほどの勢いに比例して活発に出た。


「メイド喫茶!」

「占い!」

「カフェ!」

「お化け屋敷!」

「恋愛相談所!」

「結婚相談所!」


 おい今鴨居先生意見出したよな?


 文化祭を私的利用しようとするの、やめてもらえます?


「結婚したいよぉ……」


 そんで教室の端でそう呟かないでもらえます?

 この教師欲駄々洩れじゃねぇか……。


「じゃあ、鴨居先生の結婚相手を選ぶのってどう?」


 派手目の女子生徒がそう提案する。

 もちろん独身感満載系教師こと鴨居先生は脊髄反射で反応。


「ふ、ふぅ~ん」


 足を組んでそっぽを向いているが、まんざらでもない様子だ。


「ってことはつまり、鴨居先生専用の結婚相談所みたいなこと?」


「それ! それいいよ!」


「むしろそれしかないっ! 俺たちの担任の先生への、恩返しになる!」


「そうだ! 先生を幸せにしてあげよう!」


 各所から「それだ!」という賛同の声が上がる。


 やっぱりお前ら、鴨居先生のことめちゃくちゃ好きなのね。

 

 生徒たちからの愛を感じ取った鴨居先生は、目をうるうるさせた。


「お、お前らッ……! 卒業はまだってのに、泣かせてくれるじゃねぇかッ!」


「「「「「せ、先生……!」」」」」


 ……なんか作品変わってない?

 いつから熱血教師ものになったんだよ。


 鴨居先生が椅子の上にばっと立つ。

 そして拳を高く上げて、高らかに宣言した。


「私、お前らの思いを背負って――結婚するよ!」


「「「「「せ、先生!」」」」」


 涙を流すクラスメイトたちが、先生を囲む。

 実に美しい師弟愛だった。


 一致団結するみんなを横目に、窓の外を眺める。


 あんなに緑色の葉をまとっていた木々はその色を変え。

 俺たちを置いて前に進もうとしていた。




 ちなみに。

 

 会議で『鴨居先生専用、結婚相談所!』を提出したところ即却下され、結局イ〇スタ映えスポットを展示することになった。



   ***



「ふぅー」


 ネクタイを緩めて、ベッドにダイブする。

 

 脳内をグルグル駆け回るのに疲労を感じながらも、目を瞑る。

 しかし睡魔はやってこず、俺は仰向けになって天井を仰いだ。


 

 またさして変わらぬ日常に浸っていく。

 

 長い夜の始まりだった。

 

 

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