第73話 君の横顔

「お邪魔します」


 待っても待っても、いつまで経っても来ない律にしびれを切らした私は、律の家を訪れた。

 ちなみに合鍵はお母さんが持っていて、貸してもらった。

 

 ってか、なんでお母さんが律の家の合鍵持ってるのよ。

 ……怪しい。


 それになんかムカムカしてきた。

 渡すなら私に渡しなさいよ、バカ。


「律~! なんで来ないのよ~!」


 リビングの扉を開けるが、律は不在。

 その後キッチン、風呂、トイレを確認したが全滅。


「ま、まさか……」


 疑心暗鬼になりながら階段を上っていく。

 

 一段一段上がるごとにそのまさかは確信に変わっていって。

 間違いない、という自信の元、勢いよく律の部屋の扉を開いた。


「律!」


「…………むにゃむにゃ」


「げっ……やっぱり」


 律はもう準備をしなきゃ間に合わないという時間なのにも関わらず、布団に包まって寝ていた。

 

 完全な熟睡。

 ……はぁ、呆れる。


「もう朝よ、起きなさい」


「んーやめてくれぇ……」


「ちょ、布団から手を離して!」


「お前だけは、どこにも行くんじゃねぇよ……」


「何言ってんのよ。あなたの傍から誰も離れてないでしょ? それに、布団に恋をするのは人間の末路の先よ。色々から目を覚ましてバカ律」


「…………」


 こ、この男……力が強い。


 私が力いっぱい布団を引っ張ってもびくともしない。

 ってかそろそろ起きなさいよ。

 

 律はそこまで朝に弱いタイプではなかったし、どっちかって言ったら私がいつも律に起こされるのに……一体どうしたのかしら。


「起きて!」


「…………イヤ」


「プチン」


 何かが切れる音がした。

 これが堪忍袋の緒が切れた音と気づくにはそう時間はかからなくて。

 

「いい加減に……しろーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 そう叫びながら頬をバチンと叩く。

 

「どうわっ!」


 効果てきめん。


 律は寝癖を立たせながら飛び起きた。

 私はそんなだらしない律を睨みつける。


「…………」


「……おはよ、加恋」


「……おはよ、じゃないわよバカ! 寝坊よ!」


「えっ、マジ⁈」


「ん!」


 時計を指さす。

 時計の針は、普段なら家を出る時間をとっくに過ぎていた。

 

「うわっ! やべぇなんも準備してねぇ!」


「五分でして!」


「げっ小テスト勉強も……!」


「それはもう諦めなさい!」


「は、はいッ!」


 洗練された敬礼をした後、ベットから抜け出して一階に駆け降りる律。


 私はそんな律の姿を見てため息をつきながら、布団をたたむ。


「全く……何してるのよ、私の幼馴染は」


 今日から新学期なのに。

 まだ律は夏休みを引きずってるのかも。


「ふっ……まだまだ律は子供ね」


 そう思いながらも、どこかイレギュラーな律に違和感を感じた私だった。





「鍵閉めた?」


「閉めた! よし行くぞ!」


「……はぁ、どんだけ待たせるのよ」


「悪い悪い。いつか今日のお返しはするから!」


「……期待しておくわ」


 私はそう答えて、歩き始める。

 律も慌てて私の横に並んできた。


 何とか学校には間に合いそうだ。

 遅刻ギリギリなのは間違いないけど。


 律が荒くなった呼吸を整える。

 それにしても、顔色が悪い。

 目の下にはくっきりとした黒いクマがあった。


「どうしたの? 顔色悪いけど」


 前髪をいじりながらそう聞く。

 ……は、恥ずかしいのよ! 


「……いや、何もねーよ?」


 何その間。

 明らかに何かあるじゃない。


「…………」


 律には無言で見つめるのが一番効く。

 私はそれを知っているので、ジト目で律を見た。

 

 ……だが、律は何事もないように、


「ほんと何もないって。夏休みの宿題やってたんだよ。いやぁーほんと、何とか終わったわ」


「…………」


 ……はぁ。


「……ほんと、律はいっつも無計画よね。一緒にやってあげたのに」


「いやぁすまんすまん。でも、夏休みの宿題は一夜漬けするのが基本だろ? ってかむしろ、夏休みの宿題を計画的にやるほどつまらないものはないッ!」


「そ、そんなことはないと思うけど……」


「いや、ある! 小一から一夜漬けで終わらせてきた俺の経験が導き出した、研究結果なのだッ!」


「全く……またバカなこと言っちゃって。まぁ、律らしいんだけど」


「そうそう俺は常にバカで……って、律らしいってなんだよ⁈ それは僕のことを貶してませんかね⁈」


 それに続けてブツブツと文句を垂れる律。

 

 表情は明るい。

 だけど、長年いろんなことを一緒に経験してきた幼馴染の勘が訴えかけてくる。



 何かがおかしい。



 律の横顔を見る。

 

 さっきからちらちら私のことは見ているけど、目が合わない。

 律の横顔って、こんな感じだったんだ。


 なんか今日は、律の横顔ばっかり見てるな。


「まぁ、さ」


 律が頭を掻きながら、口を開く。



「ほんと、何もないから」



 …………。



 ――だったら、私のこと見て言いなさいよ。



 その言葉は外に出ないまま、私の心の奥底にそっとしまわれた。

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