第72話 夏の終わり

 波の規則的な音だけが聞こえる。

 

 陽はすっかりと落ちていて、人工的な光が世界を照らしていた。

 そんな世界に一人、立ちすくむ。


 ……俺は一体、どうしたいんだ?

 俺の気持ちは、どこにあるんだ?


 ここ最近の出来事が、走馬灯のように脳裏に過る。


 

 ――でさ、お前ほんとに加恋のこと諦めたのか?


 ――律には私を知る権利をあげるわ。


 ――だって、律は私の大切な人だもの。


 ――先輩。あの日からずっと、好きでした。



「っ……!」


 胸が苦しい。

 ぽっかりと穴の空いた心に潮風が吹き込むみたいに、染み込む。


 痛い、痛い……痛い。


 俺はこれから、どうしたいんだ?



 諦めるんだと、諦めたいんだとそう思った加恋に対する恋心。

 

 大好きだと、何度もそう言ってくれた優しくて、無敵なららの告白。


 

 俺は答えを出さなきゃいけない。

 自分が正しいんだと、この未来がいいんだと思える方に。


 ……だけど、だけど。


「……こんなの、どうしたらいいんだよッ……!」


 どうしようもない。

 だって、俺の気持ちは見つかっていないのだから。


 答えが出ない。

 いや、出せない。

 

 出してしまったら、どちらかを失うことになるから。 

 大切なものの一つを、修復不可能なくらいに傷つけることになるから。


 俺は加恋のことが好きなのか?


 それともららにいつまでも笑っていて欲しいのか?


 俺の心がどっちのあるのか、どこにあるのか分からない。


 だから答えが出ない。

 ただただ痛いんだと、そう叫ぶだけ。


「…………」


 一日が終わる。


 今日という日が終われば、夏休みが終わる。


 

 俺たちの夏が――終わる。





   ***





 九月一日。


 今日は久しぶりの登校日。

 一か月前は毎日顔を合わせてたクラスメイトと会うのも、少し恥ずかしい。

 

 だからかいつもより早く起きた私は、パジャマのまま一階に降りた。


「あっ、加恋おはよ。今日は早いわねぇ」


「まぁ今日から学校だもの。初日から遅刻したら大変……って、律は?」


 いつもお母さんにデレデレしながら朝ごはんを食べる律の姿がない。

 ……私より来るのが遅いなんて、珍しい。


 もうこれで私のことを「だらしねぇなぁ」なんて言えないわね。ふふっ。


「まだ来てないみたいよぉ~」


「そう」


 私は勝ち誇ったような表情を浮かべながら、椅子に座る。

 

 そのうち「げっ、加恋に負けたッ!」なんて言いながら来るだろうと、そう思っていた。




 ――だけど。


 いつまで経っても、律が私の家に来ることは――なかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


これにて、二章『暑い季節の熱い気持ち』終了です。


そしてこれから、終章『笑って、泣いて、また笑って』が始まります。

この物語が完結するまで、これから毎日投稿をしていきます。

彼ら彼女の恋の行く末を、どうか見守ってください。


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――一万回の恋が、遂に終わる。

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