第71話 女の子は、無敵なんだから
ららの言葉が、重くズシリとのしかかる。
……今ららは、確かに好きと言った。
それはきっと猫とか犬とか、そういう動物に対するライクの感情ではなく。
さすがの俺でも、そんなふざけたことは言えない。
ららが纏う空気が、偽りのない瞳が。
本気なんだと、そう訴えてくる。
悲痛の叫びのように、叫んでいる。
「…………」
言葉を失う。
こういうときどんな言葉を発したらいいのか、俺は経験したことがないから。
いや、そんなことよりも俺の心が直接かき混ぜられるみたいに、ぐちゃぐちゃになっていた。
鈍器で頭を気持ちいいくらいに殴られた方がマシだ。
「先輩……気づいてなかったですよね? 私の気持ち」
「……あぁ」
「やっぱり。全く……先輩は鈍感ですね。困っちゃいます」
「……あぁ」
……もしかして。
あのからかうように放たれた好きの言葉も。
温かく微笑む横顔も。笑顔も。
軽いスキンシップも、何気ない会話にも。
全部にららの痛いくらいの気持ちが、込められていたのか……?
「んふふ。まぁ、そういうところも含めて、私は先輩のことが好きなんですけどね」
……間違いない。
いつだってららは本気だった。
からかってるように見えて、溢れてやまない思いを俺に伝えてくれていたんだ。
なのに俺は……そんな気持ちに気づきもしないで……。
「……先輩、なんか言ってくださいよ。いつもみたいに、私を小馬鹿にしてくださいよ」
「……できねぇよ」
「なんで、ですか?」
「……俺は、俺は……!」
俺は、どうすればいいんだ?
ららのこの気持ちに、どう言葉を返せばいいんだ?
俺は一体……。
拳をきゅっと弱く握って、目を閉じる。
瞼に張り付いた暗闇が、視界いっぱいに広がる。
だがものの数秒で、視界が開ける。
俺の目の前には、目いっぱい背伸びをして俺の頭を撫でるららの姿があった。
「先輩、大好きです」
続けざまにもう一度、
「大嫌いになっちゃうくらい、大好きです」
そう言うらら。
――大嫌いになっちゃくらい、大好き。
……あぁ、ひどく痛いほどに共感できる。
俺だって、大嫌いになるくらい好きだ。
だけど、本当にそれでいいのか?
俺の気持ちは一体――どこにあるんだ?
気づかぬうちに俺の気持ちは波に流され、押しては返す。
すべてを巻き込んで、かき混ぜて。
***
私は追い打ちをかけるみたいに、大好きだと言った。
なんて性格の悪い女の子なんだろうと、そう思う。
だけど、しょうがないじゃん。
こうするしか、私の気持ちは満たせないんだから。
先輩はどうすればいいのか分からない、まるで道に迷った子供のような表情で私のことを見てくる。
……わかってたよ。
先輩がそういう顔を浮かべるって。
私がこの気持ちを伝えたら、先輩はそうなっちゃうんだろうなって、わかってたよ。
わかってたから、私はこの気持ちを伝えたんだよ。
だって女の子は、恋する乙女は、なんでもわかっちゃうんだから。
先輩が私とのデート中、時々気持ちがここになかったの知ってたよ。
そういうのには敏感なんだもん。
……だから、言葉が止まないんだよ。
「先輩、好きです」
深く。
「夜も眠れなくなるくらい、好きです」
二度と消えないくらいに、深く。
「優しい先輩が、好きです」
――私のことが、忘れられなくなるくらいに、深く。
「先輩の全部全部、大好きです」
――ねぇ、先輩。私のこと見てよ。
先輩が俯く。
私は先輩の頭を撫でる手を引っ込めて、踵を返す。
もう先輩の顔、見れないから。
「……らら! 俺は、俺はッ……!」
「先輩。返事は、先輩の気持ちが見つかったら聞かせてください」
「ら、らら……」
先輩は今、どんな顔をしてるんだろう。
傷ついた顔、してるかな?
それとも少し、怒ってるかな。
もしかしたら――優しい顔、してるのかな?
「先輩は、もっと悩んじゃえ~!」
ふふっと笑って、そう言う。
「先輩は私を恋に落としたんです。それくらいの責任、取ってくださいよ?」
……あれ? おかしいな?
さっき止まったと思った涙が、また溢れてきた。
もう堪えられない。
だけど、まだ言葉は話せる。
「……いつまでも私、待ちますから」
私は一歩を踏み出す。
先輩とは逆方向の、陽が落ちていく方へ。
「だって――」
もう涙は拭わないよ。
流れるなら流れるだけ。
もう止めないよ。もう泣いていいんだよ。
だって後の私は――
泣かないから。
私は最後にいつもの笑みを浮かべて、こう言った。
「女の子は、無敵なんだから」
もう振り返らない。
だけど、たった一つの、ささやかで最も大切な願いを置いていく。
――先輩は、私の好きな先輩のままでいて。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、二章終了。
そして――彼ら彼女の、恋の終わりが始まる
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