第70話 宇宙人と地球人
――あれは小さな夏が顔を出し始めた春の日。
「……はぁ」
部活で思うように上手くいかなくて、くじけそうになった時、先輩が私の前に現れた。
「俺と付き合ってくださいっ!」
「イヤ」
「くっ……! これで9912回ッ! 世界獲れるぞ……」
「私先帰るわね」
「クソ……何が悪かったというのだッ!」
紅葉先輩がブツブツと呟き始めた先輩を置いて歩き始める。
先輩はそれに気づきもせずにベンチに座って何かをメモっていて、私は無意識のうちに声をかけていた。
「9912回って、何ですか?」
「ん? 9912回は俺が加恋にフラれた回数だが……って、誰?」
「きゅ、9912回⁈ それも全部フラれてるんですか⁈」
「残念ながらな……って、誰なんだよ」
「あ……すみません!」
あまりにもその回数に驚いて忘れていた。
確かに、初対面の私がこうして話しかけたら「誰?」ってなるよね。
……まぁ、9912回フラれた先輩よりも不審ではないけど。
ってか、先輩の前だとすべての不審者は常人だよね。怖い世の中。ある意味平和なのかも。
「私は一年の小向ららと言います」
「ほぉー」
「な、何ですかその反応」
「……いや、聞いといてあれだけど、こういうのってなんて返したらいいのか分かんないよね」
「た、確かに……じゃあ、自分の名前をお返しとして言うのはどうですかね?」
な、なんで私今真面目に提案してるんだろう。
少し不思議な気持ちだ。
「それ、採用! 俺は二年の神之木律だ」
「神之木……」
その名前が、私の脳内辞書に引っかかる。
そういえばこないだ友達のたまちゃんが、神之木先輩があの紅葉先輩に告白しまくってるって言ってた気がする。
……たぶんこの人、変な人だな。
「それはそうと、なんで俺に声を?」
「それは……目の前で告白してあっさり玉砕したから?」
「ぐはっ! ……それを言うでない」
遠くから弓で狙撃されたみたいに、心臓を抑える先輩。
変な人というより……もしかして、面白い人?
「神之木先輩は、なんでそんなに告白してるんですか? 普通一回フラれたら、心折れると思うんですけど」
でも、先輩は9912回も告白してフラれている。
並みのメンタルじゃできることじゃない。
私はあくまでも普通の常識だと思って言ったのに、先輩は私の発言がおかしいみたいに首を傾げる。
「そりゃ、付き合いたいからに決まってんだろ。逆になんでたかが一回で諦められるんだ?」
何かおかしいこと言ってるかな、俺、と付け加える先輩。
……いや、どう考えたっておかしいでしょっ‼
逆になんでそれがおかしいと思えないの? なんで普通だと思えるの⁈
「い、いやっ……」
だけど……だけど私は言い返せない。
それはきっと、今の私に向けて言われているような気がしたから。
図星を突かれて、純粋な瞳で真っすぐそう言われて。
私が間違っているように思ったから。
「で、でも! そんなに告白して、紅葉先輩に迷惑じゃないんですか‼」
「うっ……痛いところ突いてくるな」
「なんで、そんなに自分の気持ちに真っすぐでいられるんですか?」
普通相手の気持ちを考えて、そんなことできるはずがない。
……ってことは、この人普通じゃないってこと?
……いや、9912回すでに告白してる時点で、普通じゃないわ。
「うーん……なんていうかさ、昔から言ってきたせいで習慣みたいになってるっていうかなんていうか……」
「そ、そんなっ……」
「うーん、なんて言えばいいんだろう」
腕を組んで空を仰ぐ先輩。
確信した。
この人はおかしい。
私が間違ってるなんて、そんなことあるわけがない。
私が普通……普通なんだ。
「……そうだな。俺が思うに……」
今更先輩が何を言おうが、この人は普通じゃない。
私は聞き流すつもりだった。
だけど、私の心に確かな質量を持って飛び込んできてしまった。
「諦めるなんて、逃げてるだけだろ」
グサリ。
「ありきたりな言葉だけど、諦めない限り可能性は目の前に広がってんだ。どんなにたくさん『ノー』っていう選択肢があっても、無限大な可能性の世界の中に一つくらい『イェス』の未来があんだろ」
あぁ、そうか。
この音は、私から聞こえてるんだ。
私の胸の奥深くに、この言葉が突き刺さってるんだ。
「まぁ、諦めることが正解なことだってあるけどな。……ってか、それって俺のことじゃね? で、でも加恋風呂に入るみたいに自然と受け流してるしなぁ……迷惑なのかなぁ……」
……先輩って、ばかなのかな?
少し考えれば分かることでしょ。
ってかそもそも、なんでメンタルもつの? メンタル最強系主人公なの?
……いや、ばかなのは私だ。
「先輩、くじけそうなときってありますか?」
「えっもちろんあるよ」
「そういうときって、どうしてるんですか?」
私は今、くじけそうだ。
だから私は正解を求めて、参考にするために尋ねた。
だけど先輩は当たり前のことを言うみたいに、笑顔で言ったんだ。
「――そんなの決まってる。くじけながら、前に進みづける!」
力強くそう言う先輩。
「そうしたら、気づいたら折れた心も元通りになってるよ」
……全然参考にならない。
いや、そもそもこの人に対処法を聞いたのが間違いだった。
私と先輩が違う。
宇宙人と地球人くらいに。
宇宙人の先輩の対処法を、私が真似できるわけがない。
……でも、どうしてだろう。
「ふふっ」
――笑みが零れるのは。
「先輩って――ばかですね」
***
「あれから先輩は、ちょくちょく私のことを気にして自主練に付き合ってくれて。フラれたことを成功したみたいにおかしく話してくれて」
先輩は表情を変えずに私のことを見ている。
私はとびきりの笑顔で、涙とともに言葉をこぼしていく。
「そんなことされたら、好きになっちゃうじゃないですか」
そうだ、私をこうしたのは、全部全部先輩のせいだ。
紅葉先輩のことが好きなくせに、私のことを気遣って優しくするからだ。
私は先輩と違って普通の女の子だから、それくらいで恋に落ちてしまう。
それをわかってなくて、ただの善意で私を恋に落とした先輩が、全部悪い。
だけど、いや。だから――
「好きです。大好きです、先輩」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第二章、クライマックス――
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