第69話 この世で一番、大っ嫌い





 ――女の子は、無敵なんだから。





 デートの待ち合わせ。

 

 デートなんてしたことなかったから、緊張する。

 気合を入れて友達と丸一日話し合って、一生懸命調べて決めた今日のコーディネート。


 先輩全然褒めてくれない! ひどい! 薄情なし! マヌケ!


 そんなんじゃ女の子にはモテないぞ!

 だから一万回フラれるんだばーか。


 だけど、救済処置を用意してあげた。


 

 そう――私という救済処置。



 からかいの気持ちと本命を半々で混ぜて言ってやろうと思ったけど、恥ずかしくなって言えなかった。

 まだ私は半人前だ。


 でも、後から言うなんてずるいよね。

 そんなの、ときめかないわけないじゃん。好きになっちゃうじゃん。


 これだから無自覚天然男は嫌いだ。

 ほんと……嫌いだ。





 江ノ島綺麗!

 

 こないだ家族と見た海より、数百倍は綺麗だ。

 だけど、先輩が「我ここにあらず」って顔をしてる。


 ……これは、別の女の子のことを考えているな?


 女の子は細かいところに気が付きやすい。

 乙女だったらなおさらだ。


 ほんとに乙女は才色兼備の最強美少女!

 だけど、ときにこの能力は自分自身も傷つける。


 でもしょうがないよね。

 あんなにきれいなバラだって、鋭い棘があるんだから。


 ほんと、先輩のばか。


 腹いせに、先輩が最も深い傷を負っているあのことをいじってやろう。

 私のことが忘れられなくなるくらいに、傷ついちゃえばいいんだ。


 ……私をこんな自己中心的で、勝手な女の子にした先輩が嫌いだ。


 ほんと……嫌いだよ。





 ほんとここって日本なの? 神奈川県なの⁈


 驚いちゃうくらいに、絶景。

 日本も捨てたもんじゃないなと、偉そうに思ってしまう。

 今日から私は、愛国者だっ!


 それしても、周りカップルだらけだ。

 ……オセロ、囲碁的に考えれば、私たちもカップルかな?


 先輩もきっと、思ってるはず。

 私がきっと、いるはず。


 ……奢るなんてずるいよ。

 

 先輩はいっつも私に冷たくて、ツッコみばっかりしてくるくせに、こうしてたまに優しい。

 そういうのが、女の子の心を撃ち抜くなんて、知りもしないんだろうなぁこの人は。


 全く、ほんとにひどい。

 通り魔と一緒だよ先輩は。


 ……でも、でも楽しい。

 

 先輩とこうして騒いでるこの時間が、たまらなく愛おしい。


 だからこそ、私に深い傷を負わせてくる先輩が嫌いだ。


 ……大嫌いだ。





 パンけ―キうっま♡


 景色も相まって、史上最高の味が口の中に広がる。

 それなのに……なんで先輩はボケーっと外を眺めてるの?


 パンケーキ食べてよ……せめて、私のこと見ててよ。


 か、カロリー……。

 た、確かに今日は食べすぎるかも私……。


 で、でもっ!

 きっとたくさん歩くからちゃらだよね? 

 むしろおつりが出て痩せちゃうよね?


 ふふふ……これは困った。


 ま、まぁ一口くらい、先輩にくれてやろう。

 

 ぬっ……! 

 なんで勝手に食べちゃうの⁈

 私が食べさせてあげたかったのにっ!


 ……だけど、先輩が掴んできた手の温もりが、私の中に残っていて。


 これじゃあ、余計先輩のこと考えちゃうよ。

 

 私の脳内容量をいっぱいにする先輩が嫌いだ。

 アプリだったら削除してるよ。


 だけど――消せない。

 消せない先輩が、ほんとに嫌いだ。


 だいっっっっっっきらいだ。





 七里ガ浜駅に到着!


 車窓からちょこっと見えた海が、すっごく綺麗だった。

 それが私の全部で感じられると思うと、思わず鼻歌が零れる。

 

 ……綺麗。


 こんな一生覚えてると確信できる景色を、先輩と見れるなんて……私は幸せ者だ。


 だけど、この儚さが私の心をつついてくる。


 ……失いたくないな。

 失いたくない。


 時間が止まっちゃえばいいのに。

 このまま先輩と永遠に、砂浜を歩ければいいのに。

 そうやって歩いて、この先に私の望む未来があればいいのに。


 思わず涙が零れる。

 

 女の子を泣かせる先輩なんて、大嫌いだ。

 きっとこの先、先輩にチャンスなんて訪れるもんか。


 ……言うって決めたんだ。

 

 でも、言葉が出てこない。

 何回も何回も、真っ黒にしては真っ白にして。

 そうやって考えた言葉が、出てこない。



 ……あれ? おかしいな。



 涙が止まってくれない。

 ねぇ、止まってよ。

 

 あとでたくさん泣くから、止まってよ。

 言うこと、聞いてよ……!


 ……笑おう。

 いつものとびきり可愛いスマイルで、言ってしまおう。


 潮風が、大好きなこの風が。

 大嫌いな……大嫌いな先輩に私の気持ちを運んで?


 ……先輩、なんて顔してるの?

 驚いてるのかな。それとも……嬉しいのかな。


 ……ほんと、先輩のこと嫌いだよ。

 こんなに嫌いになった人はいない。きっとこれからも出てこない。



 ――だから、だからありたっけの気持ちを、ありったけの笑顔で。










「先輩。あの日からずっと、好きでした」










 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る