第67話 よく食べる女の子ほど輝く

 その後、ららの無限グルメツアーは止まることを知らず。


「んまぁ……!」


 海がよく見える、まるで地中海沿岸にそびえる建物のような店でパンケーキを頬張るららがそう呟く。

 

 ちなみに、このセリフは本日十七回目である。

 

「頬が蕩けちゃいそう……」


 頬が蕩けるって、よく考えたら怖いよな。

 経年劣化かな? まぁいずれかみんな、重力に逆らえなくなって蕩けるけどね。

 

「先輩は本当にいいんですか? こんなにおいしいのに」


「俺はいいよ。もう十分食べたし」


 実際、俺たちは食べ歩きでたらふく食った後さらに昼食をとり、現在に至っている。

 俺は一般的な男子高校生で、食欲に自信がないわけじゃない。

 

 つまり、これは俺が少食なのではなく、ららが大食いなだけ。


「先輩って結構少食ですねぇー」


「いや俺普通だからな? お前が普通じゃない。大食いファイターかお前は」


「む! 普段の私は女の子らしい少食なんですよ? ただ稀に食欲が覚醒するときがありまして……」


「……カロリー、結構ヤバいんじゃないの? あんまりこういうこと言いたくないけど」

 

 女子は結構そういうのを気にすると聞いたことがある。


 実際、加恋はかなりカロリーを気にする。

 コンビニに行けば必ずカロリーを確認するし、どうしても食べたかったら食べかけを俺に無理やりよこしてくるほどだ。


 加恋の食べかけをもらって悶々とする俺の気持ちを考えて欲しい。

 女性が「女心が分かってない!」とよく口にするが、男心というのもあるわけで。


 なんだかんだで性別の格差は男女ともに差はあれど存在するよなぁなんて、現代社会の授業中のように思いを馳せる。


「大丈夫です! 何せ江ノ島観光はとにかく歩きますから! 今日食べたぶんのカロリーなんて簡単に消費して、おつりすらも出ちゃいます! また痩せちゃいますねぇ~」


 ひゃー困りましたぁ~! なんてあざとく言ってのけるらら。

 

「そ、そういうもんかね……」


「そういうものなのですっ!」


 なんてご都合的解釈なのだろうか。

 まぁそれで幸せならいいよね。プラシーボ効果みたいなものあるかもしれないし。


「……でも、少し心配なので先輩におすそわけします。しょうがなく」


「さりげない倒置法で俺の心を積極的に削りに来るのやめてくれない? ラフプレー過ぎるよな? このままだとカロリーと心を消費しすぎて過度に痩せちまうよ……」


「ツッコみ長」


「ぐはっ!」


 人を本当に傷つける言葉って、何気にシンプルで短い言葉だったりするよな。

 

 俺は胸を抑えて息を整える。

 そして逃げるように、海に視線を向ける。


 この胸の痛みなど、だだっ広い海に比べたら小さなもの……。


「なんか先輩が悟り開きそう」


「世の中の大概のストレスや不満は、小さなこと……」


「ほんとに悟り開いてる⁈」


 呆れたようにため息をついて、フォークにパンケーキを盛り付けるらら。

 色鮮やかでこの世の中の美を詰め込んだみたいなものが、ん、と俺の目の前に差し出される。


「まぁひとまず、これ食べて落ち着きましょ? ね?」


「元から落ち着いてるんだけどなぁ……」


 そう言いながらも、ららからフォークを受け取ろうとする。

 が、しかし、



「はい、あ~ん♡」


 

 頑なに俺が受け取ることを拒否するらら。

 あくまでも俺を餌付けしたいらしい。


「……俺は動物園の動物じゃないぞ」


「知ってますよ。ってかそもそも、先輩が動物園にいても客寄せにならないことは目に見えてますから」


「こいつ殺人鬼なの? 平然とよく言えんな……」


「にひひ~」


 実に楽しそうなのでいいことにはいいのだが……これは冗談と思っていいんですよね?

 俺の反応を餌に楽しんでるだけなんだよね?


「食べさせてもらわなくても、自分で食べるって」


「えぇ~やですよ~! だってこれ、傷心デートじゃないですか! こうして美少女である私が膝枕に次ぐ夢のシチュエーション『あ~ん♡』をしてあげることで、先輩の傷に砂糖を塗ってあげようとしてるんですよ? 私の優しさ無下にするんですか?」


「……砂糖でも傷口に塗ったら痛いと思うぞ?」


「……まぁまぁ気にせずにいっちゃいましょう!」


「お前適当なこと言ってんじゃねぇよッ!」


 傷口に塗ると言えば消毒液か塩の二択だが、まさかそこに砂糖が躍り出てくるとは。

 まぁどれにせよ痛いことに間違いはない。


「ささ、先輩! グッといっちゃいましょう!」


「飲み会のノリみたいに言うなよ!」


 もう手に負えない。

 俺は諦めてららの腕を掴む。


「あぁーもう! あむっ!」


 俺はららの持つフォークを誘導し、パンケーキにかぶりついた。

 あっけにとられたように、ららが俺を見る。


「な…………」


「してやったり」


 俺はドヤ顔で口元についたクリームを拭う。


「むぅ~! 私が餌付けするみたいに上げたかったのにぃ~‼」


「だから俺は動物園の動物じゃねぇッ!」


 昔に一度だけ「生まれ変われるなら動物園のパンダになりたい。名前はニャンニャン」と思ったことはあるが、実際になったことはない。

 

 本当に何がきっかけで動物園の動物になったんだか……。

 ららの思考回路は謎に満ちている。


「先輩のばか……」


 ららが怒ったようにパンケーキを次から次へと口に運ぶ。 

 まだ食えるのかよ……と感心しつつも、外の景色を眺めた。


 さっきまであれほどに高かった太陽が、寄り添うように高度を下げていた。


 

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