第66話 夏場のアイスは戦いである

「それにしても人、多いですね……」


「だな。まぁ季節的にもちょうど多い時期だからな」


 橋から見えた東浜には人が溢れんばかりいて、こないだ訪れた海水浴場よりもいるかもしれない。

 

「カップルも多いみたいですし、やっぱりデートスポットなんですね! 先輩?」


「かなり有名だからな、ここ」


「もしかしたら私たちもカップルに見えてたり……?」


「ど、どうでしょうねぇ……」


「……人の夢は叶いますよ?」


「突然なんだよ!」


「だから先輩がもしカップルに見えていたらいいなぁ、という非モテ男子の妄想垂れ流しの願望を抱いていたら……叶うかもしれないですね?」


「今十秒間ハリセンで殴られたみたいにひどい悪口言われたんですけど? 昨今の女子高校生は口が悪すぎやしませんか?」


 主にららだけど。

 あとは毒舌ツンデレヒロイン、加恋などもその一味。

 口が悪いの別に流行ってないんだけどなぁ……。


「まぁ先輩は私のような可愛い後輩に罵られてブヒブヒ言う人ですもんね?」


「俺がいつ言ったんだよ。ってか俺にそんな性癖はない!」


 たぶん一部の層ではららに罵られることをオークションで高額落札するほどにして欲しい人がいるだろうけど。

 何せこいつは、こう見えても美少女だからな。


 正直に言ってしまえば、自画自賛してしまうのも決して間違いではない。

 さっきから度々視線を集めている。

 

 さっきなんか、彼氏がららに見とれて彼女に頬をつねられてたくらいだ。

 いいぞもっとやれ。

 人の不幸は蜜の味。特にリア充だとご飯三杯はいける。


「じゃあ先輩の性癖ってなんですか?」


「江ノ島に来てまでする質問じゃないだろ。それに教えない。ってかない」


「ぶぅー‼ 先輩はつまらない人間ですねぇ~」


「何お前罵倒フェスでもやってんの? 俺の心がめった刺しになってるんだけど?」


「だって先輩、マゾヒストだし」


「だ・か・ら! 違うって言ってんだろ!」


 一体どんな理由で俺がマゾヒストだと思ったのだろうか。

 

「えぇ~だって先輩、一万回フラれてもなお息してるじゃないですか?」


「お、おう……」


 確かに、普通だったら羞恥心とか自尊心とかで息を断ちかねない。

 

「普通そんなことできないんですよ。ってことは先輩は普通じゃない。つまり、きっと先輩は途中からこっぴどくフラれることに快感を感じ始めていたんですよ! ドヤァッ!」


「ッ…………‼」


 ららの的を射た言葉に胸を打たれる。

 

 も、も、も……もしかして俺は、マゾヒストだったのか?


 ……いや、そんなことはないはずだ。

 俺は確かに告白が成功してほしいと心の底から願って告白していた。

 だからフラれて得られる快感を目的として告白していたわけではない!


 というか、フラれて得られる快感ってなんだよ。


「ち、違うぞ! 俺はそんな変態じゃ……!」


「いいんですよ、先輩。心の広い寛大な私が、そんな先輩のこと、受け入れてあげます」


「そんな民に慈悲を与える神の温かな微笑み浮かべないで! 浄化されるッ!」


「にひひ~! 先輩なんて浄化されろ~!」


「なんてひどいんだこいつはッ……!」


 序盤から何度も思っていたが、もはやこれは俺の傷心デートではなくなっていないか?

 浄化しようとしてるし。

 

 ……はぁ、まぁいい。

 ちょうどいい気晴らしだ。最近は心が晴れなかったし。


 そう自分に言い聞かせることにする。


「あっ先輩! アイスクリーム食べたいです!」


 橋を渡り切って、江ノ島に上陸する。

 だがこれといって島感はなく、赤い鳥居をくぐってすぐのところにあるアイスクリーム屋さんに目を奪われている。


「さっ行きましょ! 先輩!」


 俺の袖を引っ張って「早く早くっ!」と急かしてくるらら。

 

「急がなくてもアイスクリームは逃げないぞ」


「に、逃げるんです!」


「お前のアイスクリーム観どうなってんだよ……」


 日曜日に子供に連れ回される父親の気持ちはこんな感じなのかなと思いながら、ららに急かされるがままに列に並ぶ。


「私は抹茶にします! 先輩は何にします?」


「う~ん……そうだな。俺はバニラにするかな」


「…………普通ですね、先輩」


「バニラに罪はねぇっ!」


 たまにバニラを選ぶと「普通じゃん。つまんな」とかいう奴いるけど、一言言わせろ。


 普通じゃない、王道なんだ!





 たまたま近くのベンチが空いていたので、そこに座る。

 さっき買ったばかりのアイスクリームはもうすでに溶け始めていて、ららがぺろりと垂れるアイスクリームを舐める。


「おいし♡」


「ん、んまい」


 口の中にひんやりとしたものが広がっていくこの感覚……悪くない。

 やっぱり暑いときには冷たいものに限るな。


「それにしても先輩、奢ってもらっちゃっていいんですか?」


「気にするな。俺のために開催されたデートなんだから、これくらいのことは俺にも返させてくれ」


 実際、本当に俺のために開催されたのか真偽が怪しくなってきたけど。

 

「せ、先輩……」


 ぼーっとした様子で俺の方を見つめるらら。

 だがすぐにはっとして瞬きする。


「も、もしかして……私のこと口説こうとしてます?」


「してないわ! ただの先輩のお節介だと思え!」


「じぃー……」


「いや、ほんとほんと」


「……まっ、先輩がそういうならいいですけど」


 そういうららだが、やけに「けど」が鋭かったように思える。

 だが切り替えてまたじわじわと溶けるアイスクリームをぺろりと舐める。


 それを見て俺も急いで溶け出すアイスクリームを食べた。


「ひゃー溶けてきた~! 手につきそうです先輩!」


「急げ! 夏場のアイスクリームは時間との戦いだ!」


「ここはもうすでに戦場だったんですね⁈ 戦いの火ぶたはすでに切られていたとは……!」


「話してる暇ないぞ! かきこめ!」


「イェッサーッ!」


 ……夏外でアイスクリームを食べると大体こうなって。

 

 結局手をアイスクリームでべとべとにした俺たちだった。


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