第50話 ん、ん、ん

「映画、館?」


「そうよ」


 次に俺たちが訪れたのは、映画館。

 学校帰りの暇つぶしで利用したり、それこそ幼い頃に加恋と何度も訪れた場所だが……俺たちが今日出かけてる理由って、水着買うためだよね?


 さすがに遠回りしすぎなのでは?


「な、何よ」


「いや、映画館ねぇ……って」


「不満?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……水着いつ買うの?」


「私、映画見たい」


「それ答えになってねーよ!」


「さっ、行きましょ」


 ツッコみをかます俺を置き去りにして、チケットを買いに行ってしまう加恋。

 相変わらずのマイペースだなぁと思いながら、いつものように黙ってその後ろをついて行く。


 それを加恋もわかっているのか、購入画面は結構進んでいた。


「この席でいいわよね?」


「いいんじゃね」


 何も見ずにそう言う。

 どうせ俺が「ここじゃなくてこの席がええ」と言っても却下されるだけだろうしな。


「……そ、そう。いいんだ……ふ、ふーん」


 やけに加恋の反応がおかしかったのだが、特に気にしない。

 何せ俺は寛容な人間だからな。


 その後、何も困ったことはなくチケットを購入し、加恋の要望あってしっかりとポップコーンまで購入した。 

 そんな万全の態勢で取ったシートに腰をかける。


 うん、何も違和感ない……ない、ない?



「って、ここカップルシートじゃねぇかっ!」



 どおりで周りがピンク色だなぁと思ったら、どうやら加恋が取った席はカップルシートだったらしい。

 だから加恋はあの反応をしたのか。

 

「ちょっと急に大声出さないでよ。恥ずかしいでしょ?」


「あぁ、すまんすまん……って、そうじゃないわっ! なんでこの席にしたんだよ」


「私、確認取ったわよね?」


「ぐぬぬぬ……」


 それを言われてしまえば何も言い返せない。

 ただ、俺は加恋があえてこの席を選んだ理由が知りたかったのだ。


 もしかしたらただのいたずら心なのかもしれないが、そういうことをするようには思えない。


 加恋が俺のポップコーンを一つ取って、口に入れた。

 ちなみに、俺のポップコーンを選んだのは加恋だった。どうやらたくさんの味を楽しみたいらしい。


「……経験」


「け、けいけん?」


「そう、経験よ。こういうときでしか、この席には座れないでしょ?」


「そ、そうだけど……」


 そんなに探求精神豊富な冒険家だったっけ?

 

「ここでしか楽しめない景色があるのかなって、ちょっと興味があっただけよ。それだけ」


 そう言って加恋はため息をついた。

 理解が遅い俺に対する不満からだろうか。まぁたぶんそうだろうな。


 とにかく、加恋がいいのならいいやと思い、スクリーンを見る。

 だが、意識は斜め前の席へ……。


「やだ竜ちゃんこぼしすぎぃ~」


「あはは~悪い悪い」


「もぉ~私が食べさせてあげちゃうゾ♡」


「可愛い奴めっ!」


「んふふ♡」


 ……見てて恥ずかしいッ!

 というか、さっきからこんなピンク色に染まりきった会話しか聞こえてこない。

 

 確かにここがカップルシートだというのもあるし、今から見る映画が恋愛映画だというのも、カップルを集めてしまった原因の一つだろう。

 俺にとっては、正直毒でしかないけど。


「……」


「……」


 だが加恋は表情を変えずに、ぱくぱくとポップコーンを食べている。

 さっきあんなに食べたのに……ほんとに甘いものは別腹なのだろうか。


「ん」


 不意に、口の前に白い手とポップコーンが伸びてきた。

 その元をたどると、そこには未だに表情を変えない加恋の姿があった。


「ん?」


「ん」


 どうやら食べろ、と言っているらしい。

 もしかして……なんだかんだ加恋もこの雰囲気に飲まれたんじゃないか?


「加恋?」


「ん」


 手を引かずに、さらにポップコーンを近づけてくる加恋。

 俺は意を決して、そのポップコーンを食べた。


「んまい」


 そう俺が言うと、少し嬉しそうな加恋が小さくガッツポーズをしていた。


 ……わけわかんないけど、くそ可愛いな。

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