第43話 懐かしいあの夏の思い出
「あぁー暇だー……」
扇風機と冷房をつけ、全力で夏を越そうとしているのだが……致命的にやることがない。
宿題は……そんなの知らない。
だからこうしてソファーに寝転がりながら、リビングでテレビを見ていた。
世の中みんなアクティブすぎる。旅行に行きたいなという気持ちはあるのだが、どうも長時間の移動というのは得意じゃないため、基本的に引きこもり。
引きこもってもやることないんだけどな。
「あぁーリス、スチュワーデス、スペース。……ス攻めするんじゃねぇよ!」
これ完全に悲しいやつの末路だな。
そう思いながら、額に触れる。
「白幡さんぶっ飛びすぎなんだよな……」
数日前のあの日。
まさかの白幡さん獣化によって事故だが額にキスされた。
あの柔らかくて、プルっとした感覚。
忘れようと思っても忘れられるものではない。何せ女子の唇を感じたのは人生で初めてだったから。
「……いや、昔なめられたことならあったな」
ふと思い出す、数年前の夏休み。
俺は今と違って毎日外で走り回っているような健康児で、夏休みはそれこそ公園や森の中を駆け回っていた——
「律君待ってよ!」
「加恋ちゃん走るの遅すぎなんだよー! でもそういうところ好きだ! 付き合って!」
「また急にそんなこと……いつも言ってるでしょ! 何回言わせるのよ!」
「加恋ちゃんの望む限り、何度でもだ!」
「べ、別に望んでるわけじゃないし……」
恥ずかしそうに視線をアスファルトに向ける加恋ちゃん。
そういうところもほんとに可愛くて、大好きだ。
白いワンピースに麦わら帽子。
夏らしい服に身を包んだ加恋ちゃんはやっぱり何度見ても可愛い。
「服、似合ってるね」
「な、何よ急に……でも、ありがと! すごく嬉しい!」
「よしっ! じゃあいつも通り森行こう!」
「う、うん!」
加恋ちゃんの手を掴んで、先導する。
俺たちの住んでいる町の近くには、広い森がある。
俺と加恋ちゃんはよくここで遊んでるんだ。
そしていつも決まってあの場所に行く。加恋ちゃんの大好きな、あの場所に。
加恋ちゃんが喜んでる顔を想像しただけで、足がずっと軽くなって、早く走れた。
もっと早く、早く加恋ちゃんの笑顔が見たい。
そんなことを思っていたら前しか見れなくなっていて、木の根が露出したところを全然見ていなかった。
「うわぁっ!」
その木の根につまずいて、転倒する。俺と一緒に加恋ちゃんも転んでしまった。
「いててて……」
「だ、大丈夫? 律君?」
「大丈夫……って加恋ちゃんの白いワンピースが……」
転んだ拍子に加恋ちゃんの白いワンピースが土で汚れてしまった。
お気に入りだといってよく着ていたのに……。
「ごめん……」
「そんなことより、律君の膝擦り剝けてる! 血が出てるよ!」
「あっ、ほんとだ」
でも俺の傷なんて今はどうでもいい。
俺より加恋ちゃんの白いワンピースが……。
「ばんそうこうは……ないし……ちょっと膝出して!」
「う、うん……ほんとごめんね」
「いつものことでしょ? それより、くすぐったいかもしれないけど、我慢してね」
加恋ちゃんはそう言って、俺の傷をなめ始めた。
「ちょ、加恋ちゃん⁈」
「唾をつけたらいいってお母さんに聞いたの。これで治りますように……」
お気に入りのワンピースよりも、俺の傷を……。
そう思ったら、申し訳ないと思っているのになぜか嬉しくなってきた。
「加恋ちゃん」
「ん?」
「好き!」
「ちょ、今言うのはなし!」
「懐かしいなぁ……」
あの頃は加恋ちゃんって言ってたっけ。
いつから加恋に変わったのかは覚えてないけど、まぁなんにせよ懐かしい思い出だ。
俺、どんだけ加恋のこと好きだったんだか。
「さてとー、アイスでも食うか」
そう思って立ち上がった瞬間、インターホンが鳴った。
なんだ? と疑問に思いながら扉を開ける。
「どちら様?」
「私。暑いからとりあえず家、入れてくれる?」
ドアの前に立っていたのは、中学のジャージではなくちゃんとおしゃれをした加恋だった。
「か、加恋ちゃん⁈」
「ちょ、なんでちゃん付けするのよ!」
さっき懐かしい思い出を思い出していたので、無意識にそう言ってしまう。
クソ恥ずかしい……。
しかし、どうやら言った側だけでなく言われた側も恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めているので、相打ちか……。
ただ、この後加恋から散々罵倒をくらい、結局俺の完全敗北だった。
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