第42話 白幡さんはキスがしたい

「広いな……」


 白幡さんの家にお邪魔して、リビングではなく二階の白幡さんの部屋に通された。

 ちらっと見た感じなぜか家の中に人工滝あったし、廊下には高そうな壺とか絵画とかが飾ってあったのでこれは相当なもんだと圧倒されていた。


 そして白幡さんの部屋は俺の家のリビングの二倍くらい広い。

 ほんとにあのお姫様ベッドってあったんだ……。


 庶民な俺は委縮してしまって、ソファーではなく床に正座。


「お待たせしましたー。お茶と、ちょっとした菓子類です」


「お、おぉーありがとう」


 ちょっとした菓子がゴ〇ィバ。

 俺だったら食べないで奉ってる。


「いやーちょうど喉乾いてたもんだから助かったよ」


「いえいえ。こちらこそ運んでくれてありがとうございました」


「まぁいいってことよ」


「ありがとうございます!」


 冷たいお茶が、乾ききった喉を潤していく。

 なんかいつも飲んでいるものより三割増しくらいにおいしく感じられた。


 さて、話すこと、何もなくね?


 白幡さんは俺の隣で同様に正座していて、ニコニコしている。

 沈黙を気まずいと感じていない様子だが、俺は正直気まずかった。


 そのため話題を探し、思いついたことを聞いた。


「さっき恋してみたいって言ってたけど、どんな人がいいとかあるのか?」


 我ながらナイス質問と心の中でガッツポーズ。

 白幡さんは「そうですね……」と考え始めた。


「交際するとなるとたくさんの時間を一緒に過ごすわけですから……一緒にいて楽しい人、ということでしょうか」


「なるほどなぁ……失礼だけど、めちゃくちゃ一般的なタイプで俺安心」


「それだいぶ失礼ですね! でも、実はこれが問題でして……」


「問題?」


「はい。一緒にいて楽しいという観点なら友達でもいいと思うんです」


 確かに。

 一緒にいて楽しい、というところだけを見れば、別に友達でもいい。

 

 ただこれは恋愛において難しいところで、異性で、一緒にいて楽しい人でも恋愛対象にならない場合がある。

 しかしこれはほとんど当人の感覚的なもので、当人である白幡さんがその判別をうまくつけられない場合、友達と好きな人の区別ができない。


「確かにそうだな。でも友達と手をつなぎたいと思わないだろ? だから……そうだな。一緒にいて楽しいと思う人がいたらその人と手をつなぎたいか、キスしたいかってことを考えてみたらどう?」


「……なるほど」


 我ながらなかなかにおかしなアドバイスだと思ったが、これが一番手っ取り早いような気がする。

 でも、なんかキスって言うと妙に恥ずかしさがあった。


 現にカッコつけて「できます俺」感を出していたが、凄く恥ずかしかった。よく言ったぞ俺と、自分をほめてやる。

 俺は褒められて伸びるタイプなので、自分で伸ばしてあげるのだ。(なんか悲しいやつ)


「でも頭の中ではどうもよくわからないので……行動に移してみてもいいですか?」


「へ?」


 行動?

 

 きょとんとしていたら、白幡さんが態勢を崩して距離を詰めてきた。

 ふわりと柔軟剤のいい匂いが鼻孔をくすぐる。


 甘い香りが、俺の脳内を蹂躙した。


「キス……をして、もし胸がときめいたり、相手のことで頭がいっぱいになったら、私はその相手のことを好きってことですよね?」


「そ、そうだと思うけど……じ、実行するまでもなくわかりませんかね?」


「わからないです! どうしても、知りたいです!」


 どんどんと距離を詰められる。 

 俺は後ずさりをして白幡さんから距離を取るが、壁際に追いやられてしまってこれ以上逃げることはできなくなった。


「私、神之木さんのことが好きなのか知りたいんです!」


「で、でもな? 好き同士じゃなきゃキスってしちゃいけないんだぞ?」


「さっき神之木さんがキスしろって言ってました」


「違うから! その解釈だいぶえらい方向に曲がっちゃってるから! キスしたいかってことを考えてみたらってことです!」


「考えてもわからないのでキスしてください!」


「あかん! それはあかんのです!」


 暴走白幡。

 獣になってしまったのはまさかの白幡さんだった。

 予想外の展開にうろたえる俺。しかしここで過ちを犯してはいけないので、必死に抵抗する。


 しかし、壁際に追いやられ、白幡さんにホールドされた。

 

 こうも体が密着していると頭も混乱してきて、体を動かそうと思っても必ず白幡さんのけがれなき体に触れてしまうので、身動きが取れない。


「ファーストキスが俺になるんだぞ⁈ いいのか!」


「べ、別にいいです!」


「その発言おかしいだろ‼」


 だんだんと近づく白幡さんの唇。

 何とか頭を左右に振って逃れようとするが、両手で顔を固定され、ゆっくりと近づいてくる。


「(万事休すかっ……)」


 そう思った瞬間、ポケットの中のスマホが大きな音を鳴らした。


 その音に驚いて白幡さんの態勢が崩れ、床に倒れこむ。

 その時、近づけられていた白幡さんの唇が額に当たった。


「いたたた……か、神之木さん! だ、大丈夫ですか!」


「だ、大丈夫だ」


 倒れこんだのだが俺が下敷きになっていたため、幸いどちらにもけがはない。

 ただ、額に残る柔らかな感触が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


 とりあえず鳴っている携帯を手に取り、応答する。


『早く帰ってきなさいよ‼ もう夜ご飯できてるわよ!』


 飛んでくる加恋の怒号。

 

 時計の針は午後七時を回っていて、辺りは真っ暗になっていた。


「す、すまん! 今すぐ帰る!」


『わかった』


 プツンと通話が切れる。


「ってことだから、そろそろ帰るよ」


「わ、わかりました……その、さっきは無理やりしようとしてすみません」


「ま、まぁ次からは気をつけてくれ」


「は、はい……」


 そう言って、白幡さんは俺の上からどいた。


 白幡さんは最初の出会いの時みたいに暴走するところがある。

 今回はそれが出てしまったということなのだが……これはよくよく言っておかなければ。


 そう思ったのだが今すぐにでも帰宅しなければいけないので、それはまた今度の機会にしておこう。


 それにしても……おでこチューはファーストキスに入るかな⁈ 入らないよな‼


 そんなことばかりを考えながら、白幡さんの家を出た。

 

 



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