第41話 ノスタルジアと新鮮さ

 それから本屋に行って、少女漫画を購入した。

 俺もまだまだ知識が足りないなと思い、少女漫画を購入したのだが……白幡さんの購入した数がえげつない。


「ほんとにいいんですか? 持ってもらっちゃって」


「いいよいいよ。これを家まで運ぶのはさすがに重すぎるでしょ?」


「まぁそうですけど……」


 現在の時刻は午後六時くらい。

 辺りは夕陽の光に溶け込んでいて、今日も終わりだなぁという平穏さを感じた。

 今日はほんとに疲れた。


 まぁ三十冊もの漫画を運ぶのは大変だろうから、あともうひと頑張りだ。


「持てると思って買ったのですが……すみません……」


「まぁ気にすんな。見たいと思ったら買いたくなっちゃう気持ちわかるしな」


「……ありがとうございます! やっぱり神之木さんは優しいですね!」


「そんなことないよ」


 白幡さんのエンジェルスマイル(夕焼けバージョン)はなかなかに強烈。

 ただ、こんなにもいい笑顔をする女子はあまり見たことがなく、思わず見とれてしまう。


「そんなに私のことじっと見つめて……何か顔についてます?」


「い、いやっ……何でもない。白幡さんの家はこっちであってるんだよな?」


「はい! この住宅街にあります」


「そ、そうか」


 白幡さん、やっぱりこうしているとほんとに超絶美少女なんだよなぁ……。

 ドリンクバーで熱狂するみたいに可愛いところもあるし、これは一皮むけたらさらに人気が出そうだ。


 そうしたらきっとたくさんの友だちができる。

 親しみやすさも生まれるし、これは化けるな。


 師匠といわれている身として、嬉しい限りだ。


「もう夏なんですねーすっごい暑いです」


「だなー。なんかこういうのってノスタルジックでいいよな」


「……こうして親しい人と夏を感じるのは初めてなので、私は新鮮で心地いいです」


「……そっか」


 蝉の鳴き声が聞こえる。

 どこからか風鈴の音が聞こえてきて、それに乗って涼しい風が肌をそっと撫でてきた。

 汗が頬をつーっと伝わる。


 両腕には袋ぱんぱんに詰まった少女漫画。

 そして隣にはポンコツな美少女。


 確かに異色だけど、心地いい。


「あっ……」


「ん? どうした?」


「いや、その……カップルがいるなと思いまして……」


「あぁー」


 白幡さんの視線の先には、手をつなぎながら歩いていくカップルの姿があった。

 なんとも仲睦まじい様子。こいつも勝者だな! だが、楽しそうにしてるからいいだろう!(俺ちょっといいやつ?)


「夏って、なんだか恋の予感がしません?」


「きゅ、急にどうしたんだよ」


「私が読んでる少女漫画って大抵夏が舞台なんです。なのでなんだかそんな気がして……」


「おっ、ついに恋愛がわかったのか?」


「そうですね……わかってはいないんですけど……恋をしてみたいなって気持ちはあります」


 遠い、今にも沈んでいきそうな夕陽を見ながら、白幡さんはそう言った。

 慎重かつ丁寧に放たれたその言葉は、間違いなく白幡さんの本心であることがわかる。


 いつも通りまっすぐで、どんなことがあっても揺るがないような強さ。

 それが白幡さんにはあった。


「それに、『人間は恋と革命のために生まれてきたのだ』って偉人が言ってましたしね」


「……カッコいいな」


「そこは、可愛いの方が私としては嬉しいですね」


「その名言に可愛いはきついぞ」


 まぁ実際名言に引っ張られずに、白幡さん6、名言4くらいの割合で神経集中させれば可愛い勝つけどな。

 というか、もはや近くにいるだけで可愛いですはい。


「あっ、ここです私の家」


「ここか……いやでかっ!」


 白幡さんは品行方正だから育ちが良いんだろうなとは思っていたが、まさか想像のドンピシャの家に住んでいるとは……これは豪邸といえるだろう。


 なんか鹿の頭とか壁に飾ってありそう。

 発想が陳腐な庶民の俺。自覚はしてます。


「ここまで運んでくれて、ありがとうございました。お茶でも出すので上がっていってください」


「いやこの時間だし……ご両親とかは?」


「海外に出張なので家には誰もいません」


 いやラノベかよ!

 って、俺の両親もそうだった……まぁそれは置いといて、白幡さんの家か……ぶっちゃけ興味はある。

 それに元気溌剌な喉が『お茶くれよ!』と叫んでいる。つまり、水欲しい。

 

 しかし女子の家に二人っきりってのもどうかと……いや、白幡さんだし大丈夫か。 


 出会った時からどうもポンコツという印象があり、恋愛対象として見てはいない気がするので、変な気を起こすことはないだろう。

 それに、白幡さんにそういう知識はなさそうだし。


 問題は獣といわれている男の俺だが、理性を保てるくらいには人間している。

 よって、水もらおう。あと休憩もかねて。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えようかな」


「はい! ではどうぞどうぞ~」


 緊急イベント、『突撃! 白幡さんのご自宅!』。始まる。

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