第33話 加恋のトクベツな夏休み

 夏休みが始まった。


 私にとって、夏休みとは何だろう?

 よく考えたことはないけれど、実際考えてみると特筆することは何もなくて、案外つまらないんだなと思う。

 

 友達と買い物に行くこともあるし、図書館に勉強しに行くこともある。家で一日中ゴロゴロすることだって、私は必要だと思っているし、実際そういう日もある。

 でも、今までの夏休みはそればっかりで、もう色あせてしまった。


 夏休みが終わっても、また来年も夏休みがあるからいいやって思っていたけど、もうそんな悠長なこと言ってられない。

 

 今年の夏休みは、いつもと違う夏休みにする。

 来年はもう過ごせないような、特別な夏休みを私は過ごしたい。

 

 私の夏休みを特別にする方法を、私は知っている。ただ、それを今までしてこなかった。いや、できなかった。

 でも、私はもう立ち止まっているわけにはいかないから。

 

 だから、勇気を振り絞ろうと思う。


「よしっ」


 スマートフォンを握りしめ、あと一つボタンをタップするだけでこの夏休みを、私を少しだけでも変えられる。 

 

「やっぱり、メールよりも電話がいいよね」


 糸電話は前壊しちゃったからもう使えない。

 メールだと味気ないし、それじゃあ私はまだ成長できない。


「よし……かけるぞ……」


 こういうのは勢いが大事だっていう。

 だから私は後のことなんて考えないで、通話ボタンをタップした。


『プルルル~。プルルル~』


 この音が、私の胸の鼓動を加速させる。とんでもなく恥ずかしい。

 ただ、逃げないように両手で耳にスマホを当てた。


 しばらくたったあと、ぷつんとコールがやむ。


『もしもしー? どしたー?』


「っ…………⁈」


 り、律が出た……!

 た、大変だ。胸の鼓動がさらに早くなって、体が熱くなる。

 き、きっと夏のせいだ。夏が暑いせいだ。


 大丈夫。一度深呼吸をして、言葉を紡ぎだす。


「もしもし? 夜に悪いわね」


『別にいいけど……どうしたんだ?』


「い、いやぁーその……ね? 夏休み始まったなぁと思って」


『お、おう……そうだな』


「まだ本格的に夏が始まったわけじゃないのに、やけに暑いわよね。これも地球温暖化が進んでいる証拠かしら」


『きゅ、急にどうしたんだよ?」


 ひぃぃぃ!!! 

 

 だ、ダメだ。恥ずかしくて言葉が出てこないっ!

 うぅぅ……私ってやっぱりこんなにも不器用だったんだ。


 でも、ここで切ってしまったら私は大きく出遅れてしまう。いや、ただでさえ大きく出遅れているんだ。これ以上の遅れをとってはいけない。

 

 勇気を出すんだ私! 律のことを本気で好きなら、これくらいできなきゃだめだ。


 もう一度、深く深呼吸をする。

 だいぶ落ち着いてきた。そのまま、私は言いたかった言葉を発する。



「あのさ、海に行く前に水着……一緒に買いに行かない?」



 言えた……! 私言えた‼


 ただ誘っただけで喜んでいるなんて、どんだけレベルが低いんだよって思われるかもしれないけど、これは私にとって進歩なのだ。私の中では、合格点。

 

 私が言ってから少し間を置いた後、律から返事が返ってきた。


『うん。いいけど』


「やったぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」


 やった! 律の夏休みにデートが決まった!

 私は今幸せの絶頂にいる。嬉しすぎて思わず「やったぁ」なんて言っちゃったし。


 ん? あれ? 私律との通話中に「やったぁ」って言っちゃってない?


 それに気づいたとき、ダラダラと冷や汗が出てきた。


『や、やったぁ?』


「い、いやなんでもない‼ なんでもないわ‼ 忘れて! ほんと忘れて‼」


『あぁうん。わかったよ……』


 ふう。万事休すね。


「じゃあとりあえず、詳しい日程は海の予定が決まってから」


『わかった』


「じゃあ……おやすみ……」


『……おやすみ』


 通話終了のボタンを押す。

 そのままの勢いでベッドにダイブして、ハートのクッションを抱いた。


 私……おやすみまで言えた!

 

 それにデートの約束も取り付けたし、律の言うツンデレのツンの部分も出なかった。今、私は至って普通に会話をすることができたんだ。


「んーーーーーーー‼」


 思わずもだえてしまう。


 叫びだしたい。


 それほどにうれしかった。


「きっと、特別な夏休みになるよね」


 天井にそうつぶやく。

 

 心なしか、「きっとそうだよ」という言葉が返ってきた気がした。

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