第31話 ららの勝負の夏休み

 夏休みが始まった。

 

 私の、勝負の夏休みが――




 ベッドでゴロゴロしながら、スマートフォンを眺める。

 ここ最近は真夏日のように暑い。だけどお母さんが「クーラーを使うのはまだ早い!」っていうから、窓を開けて扇風機を回している。だけど。


「暑いよぉ~うへぇ~」


 鈴虫の鳴く声が聞こえてくる。

 風鈴でも置いたら気持ち涼しくなるかなぁなんて思ったけど、うちには風鈴がないのでだめだ。


「あぁー暑いぃー」


 ただ暑いだけならいいんだけど、蒸し暑いとなると肌がべたべたするから気持ち悪い。

 せっかくお風呂に入ったのに、お風呂に入ったらむしろ体が熱くなった気がした。


「先輩がうちわで私を涼ませてくれないかなぁ……」


 そう呟いてみても、先輩はここにはいない。

 

 そうだ。先輩がなかなかデートの場所を決めないから私が決めるんだった。

 日程も特に言ってこないし……興味がなかったりするのだろうか。

 いや、きっとそんなことはない。きっと先輩だって楽しみにしてるはず!


「だって私とデートするんだもんなぁ……えへへ~」


 さて、ここは私がリードしないと!

 そう思って、先輩にメールを送る。


『先輩愛しのららからメールです! 夏休みもう始まったので明後日くらいに傷心デート行きません? 部活休みなので』


 全く女の子にリードさせるなんて、とんだヘタレ野郎だ。先輩は。

 

 少し時間が経ったあと、先輩から返信が来た。


『いいよー』


 短い。

 

 全く先輩は女の子の『キモチ』を全然わかってない。でも、そんなところがある意味先輩の良いところであり、面白いところではあるんだけど。


『では、場所は江の島でもいいですか? せっかくの夏休みなので』


 ここら辺に住んでいる中高生がデートするってなったら、大体江の島。

 それに夏だ。江の島はもってこいの場所。

 それに前に先輩が、海好きだって言ってたし。


『おっけい。待ち合わせとかは? ららに任せるけど』


『じゃあ朝十時に、高校の最寄り駅改札前に集合で。遅刻したら許しませんからね?』


『おう。分かった』


『私の私服、楽しみにしててくださいねぇ?』


『…………』


 まさかの三点リーダーを駆使して沈黙を表現してきた。 

 全く先輩は照れ屋さんだなぁ。


『じゃあ、明後日よろしくです』


『おう』


 こうして先輩とのデートの約束が確定した。


 ほんとはもっと時間をかけて、夏休み終盤に江の島に行って先輩を落とすはずだった。

 でも、状況が変わった。


 今私には最大のライバルがいる。


「まさか、紅葉先輩が先輩のことをねぇ……」


 朝のあの反応。

 ふと先輩を見るときの目は、完全に恋する乙女のそれ。


 紅葉先輩は、きっと先輩のことが好きだ。


 実際に紅葉先輩の口からきいたわけじゃないけど、女の勘がそう言ってる。


 それにしてもだったらなんで告白を一万回も断ったんだろう。

 そこだけが妙に引っかかる。

 

 でも、いくら考えても好きな人の告白を断る理由が思いつかない。

 まぁどちらにせよ、紅葉先輩は間違いなく強敵。


 だって幼馴染にだし、先輩が前に好きだったんだから。

 一万回も告白するくらいなんだから、きっと愛は大きい。そんな愛は簡単に、もう一度先輩の中で目覚めてしまう。


 だから、私は紅葉先輩に唯一勝っている『積極性』で先にいってみせる。

 先輩は新しい恋をしたがっていたし、きっと今は私の方が有利だ。


 二人でデートの約束をしているし、これは大チャンス。

 

 そう、私はこの江の島デートで――


 

 

 

 先輩に思いを伝えようと思う。


 

 

 私はまだ知り合って二か月くらいしか経っていないけど、先輩に出会った瞬間から好きだと思った。


 あの瞬間から、先輩から目が離せなくなった。

 目で後を追ってしまうようになった。


 この恋は本物。


 伝えたい、この思い。


「よしっ! 私頑張れ!!」


 告白したことなんてないけれど、つまりこれは初恋なんだけど……


 絶対に実らせたい。


 私はそんな決意を胸に、傷心デートに臨む。


 私の夏休みは、運命の夏休みは、もう始まっている。

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