第30話 運命の夏休みが始まる

 終業式の日がついに来た。


 ある人は期待で胸を膨らませ、基本的に頬を緩ませては夏休みどんなことをするか、ということについて和気あいあいと話している。

 しかしある人は、夏期講習やら部活やらで忙しいとため息をこぼしている。

 

 俺はそのどちらにも属さない、真っ白な人間。穢れがないという意味でも、夏休みのスケジュールが真っ白という意味でもある。

 えっ? 穢れがありすぎだって? うるさい黙れ。自己評価だ。


 ただなんだかんだで先延ばしになっていた、ららとの傷心デートは、場所は決まっていないが夏休み中に行きたいとららから言われているので、一応予定はある……ということにしておこう。


 あと白幡さんが『いつか空いているときにドリンクバーをたしなみながら勉強会したいです!!』と言っていたので、これも予定に入れておく。


 するとあっという間に俺の夏休みに未定の予定が二件も入ったではありませんか。匠の手によって。

 ただ、確定はしていないので正確には真っ白。うん、悲しい。


 終業式の、絶対誰も聞いてる人いないだろ、と思う夏休みの諸注意を聞きながし、絶対に好まれていない歌ランキング一位の校歌を歌う。

 

 「好きな歌は自分の学校の校歌です!」って言ってる人はあまり見たことない。

もしいるとすれば、ウケ狙いの奴。そういうやつは新学期の自己紹介シートでそう書くけど、大体シラケる。ちなみに、ソースは俺。

 

 俺やっぱり過去に何かをやらかして成長していく生き物なんだなぁと、自分の成長を実感。

 そんな脳内の独り言をぶつぶつと言っていたら、終業式は終わっていた。




 終業式が終わった後、ロングホームルームを経てついに夏休みに突入した。

 俺の解釈としては、学校が終わったその日から夏休み。

 つまり俺たちは、もう夏休み(何度言うんだよ)。


「なんか嬉しそうだな律。なんか夏休みに楽しみな予定でもあるのか?」


 斜め後ろの席の翔が子供っぽい笑みを浮かべてそう聞いてくる。

 こういう表情が数多くの女性を落とすんですねなるほど。ただ、俺がやったらガキクサいだけだが。

 

 たぶんバッドボタン連打される。


「いや……ないんだけどさ。でもなんか夏休みってだけでうれしくね?」


「ふっ」


「今お前笑ったな!! 夏休みボッチ乙とか思っただろ!! この彼女持ちめ!!」


 くそうなんだか悔しくなってきた。

 いっそのことバイトで夏休み埋めれば開き直れたのに。

 わずかな可能性に俺はかけてしまったのだ。だって、実質高校最後の夏休み、エンジョイしたいじゃん。パリピしたいじゃん。ひと夏の恋したいじゃん!


 ただ、俺は夏休みが始まる前にして、もうすでに敗北しているのだろう。

 やばい涙出そう。


「じゃあさ、夏休み俺と音羽と律と加恋で海行こうぜ」


 ……神が俺に救いの手を差し伸べてくれた。


「あっそれいいね! すごく楽しそう。加恋ちゃん! 一緒に海行かない?」


 まだ帰宅していなかった加恋はちょうど俺たちの席の方に近づいていて、それを見た音羽が声をかける。

 加恋は一瞬「ビクッ」っとした後、少し恥ずかしそうに俺たちの席付近に来た。


「海……行きたい……」


「じゃあ決まりね! 海かぁ、なんかすっごく楽しそうだよ。楽しみにしてるね!」


「う、うん……私も……」


 女子はきゃっきゃうふふしている。そんな光景を眺めながら、翔が俺にぽつりとつぶやく。


「よかったな」


「まぁ確かによかったよ」


「いやそうじゃなくて、加恋、海行くみたいじゃん」


「はぁ? 別にそういうことじゃないだろ。俺は仲いい四人で海に行けることを楽しみにしてだな……」


 そうだ。俺は加恋を諦めている。

 ただの幼馴染として、関係を再スタートさせている。


 翔の言い方じゃ、俺がまだ加恋を狙っているみたいじゃないか。


「まぁ、この夏は楽しんだもん勝ちだ」


「……ま、まぁな。というか急にどうした?」


 翔は依然として、目の前で楽しそうに夏休みの予定について語っている二人を見ながら、澄ました笑顔を浮かべている。

 しかし、珍しく翔の言葉には重みがあった。


「いや、ただ俺は、お前の幸せを願ってるだけだゾ☆」


「……お前やっぱイケメンでもキモいな」


「うるせーやい」


 珍しく翔がツッコんでくる。

 翔もやっぱり、これから始まる夏休みにわくわくしているということだろうか。テンションアゲである。


 まぁまだ始まったばっかりだ。

 

 俺の夏休みがこれからどうなるかは、これからの俺次第だ。




 運命の夏休み、始まる――

 

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