第27話 小さく手を振る幼馴染に見送られて

 自宅に帰宅したのは大体七時くらいだった。

 久しぶりに駅前のほうまで行って、ドリンクバーという白幡さんにとっては最も効果のある薬によって、アゲなテンションになってしまった白幡さんの相手をしていたからかとても疲れた。しかし、楽しかったと言えば楽しかった。

 こういうのは久しぶりだったから。


 とりあえずベッドにダイブした。なんか最近これがルーティンなんだよな。


「ふぅー……」


 一息ついていると、家に「ピンポーン」というインターホンの音が響いた。

 俺は今スマホで言うところの充電中だっていうのに、コンセントを抜かないでよお母さん! とひと昔に流行った歌でつまらないギャグを入れてみる。

 結果、不発。


「はいはーい」


 ドアを開けると、そこには相変わらず中学校のジャージを身にまとった幼馴染が立っていた。なんかもうそれが加恋の正装にしか見えません。

 加恋は斜め下に視線を落としていて顔がよく見えなかったのだが、耳が真っ赤なのでどうやら恥ずかしいご様子。


「どうした?」


「ど、どうしたじゃないわよ……ご飯……! 食べるでしょ……?」


「あぁーそうだったそうだった。すまん!」


 そういえば昔通りにするんだった。

 待たせてしまったのだろうと思い、頭を下げる。


「ほんと忘れないでよね! ……冷めちゃうから、早くいこ」


「おう」


 俺はそのまま加恋についていく。そして、夕ご飯を食べる隣の加恋の家に入った。


「おじゃましまーす」


 そう言うと、ドタバタと音が聞こえた後、リビングからエプロン姿の光さんが出てきた。しかもそのエプロンはピンクのフリフリしたやつ。ほんと、年取るって言葉を知らないなこの人は。


「律くぅーん!!! もぉー遅いゾっ!」


 俺の頭をポンっと叩いてくる。というよりか、たぶんただ触っただけという表現の方が正しい。そしてさっきからボディータッチをとにかくしてくる。

 そのたびに光さんのいい匂いが鼻孔をくすぐってきて……俺の脳が全力で「メインヒロインはこの人だ!!」と俺に訴えかけてくる。


「もうお母さん律に離れて! もうおばさんなんだから! 私が恥ずかしいんだからね!」


「えぇーいいじゃないのぉー。もはや、私の律君と言ってもいいくらいなんだからさぁ」


 光さんはそう言って俺にハグをしてくる。というかくっついてきた。そして意図的にやっていないんだろうけど、光さんの豊満な胸に顔が沈んで……なんだここ、天国か?

 俺はその状況を男として当然受け入れた。

 幼いころからずっとこれです。


「そうだぞ。光さんにおばさんとか言ったら失礼だろ」


「なんで律がお母さんの味方してるのよ! もぉー!!!」


 加恋はぷりぷりしながら一足先にリビングへと消えていった。

 全く、光さんになぜ似なかったというのだ。


「あと律君。私はお母さんでいいからね?」


「……光さんお待たせしてすみません。ご飯いただきますね」


「もぉー!! 律君が反抗期になってしまったわ!」


 俺元から光さんのことお母さんって言ったことないけどね……?

 そんなことを思いながら、リビングに向かっていく光さんの後についていった。




   ***




「おいしかったです。ごちそうさまでした」


 今日の晩御飯はカレー。そう、光さんはカレーを作るのが大好きらしく、結構な頻度でカレーが出てくる。というのも、俺と加恋がカレーが好きっていう理由もあるんだけどな。


 ただ、数年の間結構な頻度で食べていても全く飽きない。光さんの料理はほんとにおいしい。


 ちなみに今日加恋のお父さんは仕事で帰宅が遅くなるらしい。久しぶりに挨拶くらいはしておきたかったのだが、仕事ならしょうがない。


「それはよかったわ。もしあれだったらお風呂入っていく? 私と加恋が背中でも流そうかしら?」


「そっそれは遠慮しときます!!」


「そ、そうよお母さん! 恥ずかしいわ!!」


「えぇー……じゃあ私が特別にマンツーマンで流してあげようかしら?」


「っ……」


 なんて魅力的な提案なんだ……ゴクリ。


「……律?」


「ひぃっ!」


 俺にひどく冷たい視線を向けてくる加恋さん。

 ……あなたのその冷たい視線があれば地球温暖化が改善されそうだ……まぁ全く持って根本的な問題は解決しないし、いつも通りのしょうもない脳内妄想なのだが。


「じゃあ俺はそろそろ帰ります。ほんと、おいしかったです」


「あらそう……残念。また来てね?」


「はい。おじゃまさせてもらいます。では」


 そう言ってリビングを出る。

 玄関で靴を履いているとき、後ろに気配を感じた。振り向いてみると、そこにはもじもじしている幼馴染がいた。


 こうして俺を見送るなんて珍しいことで、少々面を食らってしまう。


「まっ、また……来なさいよ……」


 視線はあくまでも斜め下向いていたが、加恋の珍しい可愛げのある発言に、少しドキリとする。

 ほんと前だったら絶対こんなことを言わなかった。

 加恋の身にいったい何があったんだろうか。別に聞くつもりはないけれど。


「お、おう……じゃあ、また」


「うん……ば、ばいばい……」


 加恋が小さく手を振ってくる。

 あくまでも、視線は斜め下だが。でも、それでもこんなやり取りをできたことに、ただの幼馴染であるという立場で嬉しいなと思った。

 

 恋愛感情ではない、幼馴染としての喜び。

 

 正直なところ、これも悪くないなと思った。


 俺は加恋の家を出て、自分の家へと戻っていった。

 

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