第9話 幼き頃の私たちの『ヤクソク』
あれは小学校一年生の秋ごろだった。
秋は温かかったり寒かったりして、風邪を引きやすい。元気が有り余っている律はそんな季節でも半袖短パンで外に遊びに行ってた。私はもちろん、長そでだったけど。
だから律は風邪を引いた。ほんと、今思えばバカな小学生ねって思うけど。
しかもその時は律が私のことをどうしても諦められないって言って、二回目の告白をしてきたときだった。
「少し考えさせてほしい」
私はそう言って返事をしていなかった。だから、私はあの『紅葉』が綺麗な秋の日に、少し恥ずかしかったけど律のお見舞いに行ったんだ――
「律君。大丈夫?」
「げほっ、げほっ。う、うぅー……」
ベットでガチ寝こみをしている律君。
私の言葉に返事できないくらい、重症みたい。
律君のお母さんとお父さんは今買い物に行っているから今律君の家には誰もいない。
時計の「かちっ、こちっ」という音だけが響いている。
私はそんな二人だけの空間の中で、こないだの律君の返事をしようと思った。
私は律君の告白を真剣に考えて、答えを出した。だから、今だからこそ言おう。
きっと私は、律君が元気に溢れているときだと、恥ずかしくてちゃんと私の『キモチ』を言葉にできないと思うから。だから、今だ。
「律君。こないだの告白、返事……してもいい?」
「…………」
律君からの返事はない。でも、さっき起きてたし、起きてるよね?
それに、私にとっては返事をしてこないのは好都合で、家で練習してたときみたいに、きっと素直に言えると思う。
だから私はこのまま話を続けた。
「私さ、ちゃんと考えたの……律君とのこと……。でね、私一つ……『テイアン』があるの」
「…………」
律君起きてるのかな。
そう気になったけど、私に今確認するほどの余裕はない。
だから私は、自分の『キモチ』を練習通り、言葉にした。
「だから、私たちが『ケッコン』できる年になるまで、『コイビト』になるのは待って欲しい。それでも、いい?」
い、言えた!!
私はそのうれしさから、思わず頬が緩んでしまう。
でも今はダメ。律君は体調が悪いんだから、そっとしてあげるのが一番いいんだ。
「だから――」
でも、ちゃんと律君の体に触れて、私の気持ちを伝えたかったから……だから律君の豆だらけの左手を取って、慣れない手つきで文字を書く。
この言葉の漢字を私は知らないし、きっと律君も知らない。
だから、私は律君にも私にもわかるように――
「『ヤクソク』、ね?」
***
「お母さん私の部屋に律入れたんだって!! 加恋ルームツアーとか言って! もうほんと止めてよね!」
「別にいいじゃない。どうせ、これから加恋と律は一緒の部屋になる予定なんだし――」
「もうほんとそう言うのいいから! もう!」
私はそれだけじゃない、行き場のない怒りを置いて、自室に入る。
私の部屋に入られるのすごい恥ずかしいから嫌なのに……全く二人は乙女の気持ちを分かってくれない。
私は部屋に入ってすぐにベッドにダイブ。
女の子らしさを重視して買ったハートのクッションを、思い切り抱いて顔を埋める。
そして、溜まりに溜まったよく分からない怒りを、ハートのクッションにぶつける。
「あいつなんで『ヤクソク』覚えてないのよ!!! きょとんって顔してたし!」
そう。私はまず律に怒っている。
私と幼いころに交わした『ヤクソク』を律は覚えていなかった。というか、あの様子だとたぶん知らなかったんだ。
どおりでおかしいと思ったんだ!
律の奴あの『ヤクソク』した後にすぐに告白してきてやがるし、「足りないよ!!(年)」って言ったら、「た、足りないの?!(告白)」って言ってさらに告白してきたし、もうほんとに訳が分からない。
でも――
「もしかしてあの時……ほんとに寝てたのかな……?」
いや、そうとしか考えられない。
今までの言動のすべてはこれで解決する。それに可能性も高い。
つまり、そういうことなんだろう。
私はそんな勘違いをして怒ってしまった、『私』にも怒っている。
「ほんと、何してんだろう私ー!!!! うぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょっとうるさいよ加恋!!」
「……ご、ごめんなさい……」
いけないいけない。
この部屋でうるさくしすぎると律に聞こえちゃうんだよな。
よし私はクールだ。何でも割とそつなくこなせる、クールな奴だ。よしよし。
そう自分に言い聞かせる。
でも、律、私のこと諦めちゃったんだよね……。
なんで私一万回も断ってるんだろう。ほんと、私ってバカなのかな! いや、もうこれは認める。私は大バカ者だ。ついでに、律も大バカ者。これは八つ当たり。
それにしても、今日ですべてが分かった。
私の恋がこれでゼロになる。
向けられ続けたものはなくなって、今度は私が――
「そ、そんなの恥ずかしいよぉぉぉ!!!!」
恋する乙女、悩みます。
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