第8話 過去の恋と今の恋は、すれ違う

カレーをぐつぐつ煮込む幼馴染がキッチンにいる。


 エプロンはつけるか、と聞いたらキレ気味に断られ、今は中学のジャージを着て、頭に三角巾をつけて鍋を温めている。なんだか中学校の頃の調理実習を思い出した。うん、ダサい。


 しかし、この気持ちは『幼馴染に対するヘイト』専用のパンドラの箱にしまっておこう。

 やばい、入れすぎててきついぜ。



 俺はリビングにある明らかに要らないダイニングテーブルに、所在悪そうに座っていた。

 話題が見つからない。

 きっと気まずいというのはこういうことを言うんだろうなと、肌身で実感していた。


 そんな状態がしばらく続いた後、加恋がカレーライスの皿をもって俺の対面に座った。ちなみに、俺の皿ももって。も、持ってきてくれないかと思ったぞ……。


「あ、ありがとう……」


「別に……」


 何ですかこれ。

 その素っ気ない態度、もしかして罰ゲームで俺のとこまで来たんですかね。そうだったらもう泣き喚いてやる。


「じゃあ食べようか」


「そうね。いただきます」


 加恋は仏頂面でカレーライスを頬張る。ちなみに、目は全く合わせてくれない。 

 特に話題もないので、無言で俺もカレーライスをいただく。うん、安心安全の味だ。うま。


 行き場のない諸々をこのカレーライスにぶつけていると、ふと話題が思いついた。


「なんで俺の家でご飯食べることにしたんだ?」


「別に……ただの気まぐれよ」


「そ、そうですか……」


 この人会話する気ゼロだ! 

 もう別にいいですけど! もうこうなったら俺も思春期の中学生が母親に話しかけられたときみたいな態度取ってやるからな!

 

 そんなことを思って黙っていると、加恋はカレーに視線を向けながら話しかけてきた。



「律はさ、なんで私のこと諦めるの?」



「ぶっ!!!!」


 あまりにも核心を突いたドっ直球ストレートに思わずむせる。

 「ちょっと汚いわよ!」と怒りつつも、恥ずかしそうに視線を逸らすことには変わりなく、俺もまたその質問の意味をむせながらも考えていた。


「いや急にどうしたんだよ」


「いやだって……気になるじゃない」


「ま、まぁそうだよな……普通か」


 確かに一万回も自分に告白してきた奴が急に告白するのを止めたら、気になるのも自然なこと。 

 ただ、諦める理由に関しては明白だった。


「いやさ、さすがに一万回も告白してだめなら、この先見込みないかなって」


 まぁ普通三回くらいで見込みないなって思うんですけどね?

 でもここまで告白したのも、加恋が――


「そ、そうなんだ……でも、あの『ヤクソク』はどうなったのよ……まさかの放棄? でも律がそんなことするわけないし……私、分からないの」


「…………」


 あ、あの約束? ヤクソク?

 全く訳の分からないことを加恋に言われ、頭が大混乱。この大混乱は、アメコミ映画で緊急事態時に逃げ惑う人々の混乱っぷりに匹敵するほど。脳内でアメリカ人が「OH NOOOOOO!!!!!!!」って叫んでる。

 うん、たとえわかりづらい。それに面白くない。


 ただ、加恋は俺のことをまっすぐ見て、そう言った。

 つまり、あの約束というのは、何か大きな――


「その……約束って……何?」


「……は、はぁ?」


 Y   K   S

 ヤバイ、キレる、三秒前。


「まさかあの『ヤクソク』を忘れたの?! いやでもまさかそんなことって……」


「いや約束なんて俺たちしてないだろ? んあれか? 加恋の部屋には絶対に入っちゃいけないってやつか? ならごめん。二回くらい加恋のお母さんとショールーム見学ならぬ、加恋ルーム見学を」


「いやしたし! っていうか何入ってんのよ!!」


 平手打ちが俺の頬をダンシングさせる。

 痛いです。でも、悪いことをしたなって気持ちはあります。でも加恋がいないときに加恋のお母さんが紹介しとくって……あのお母さんちょっとおかしいからな。面白いという言い方もできるけど。


 だから俺が意識的に入ろうと思って入ったわけじゃないんです……ほんとだよ? 強制参加だったんだよ?


「部屋に入ったのはごめん。でもほんとに約束なんて俺たちしてないだろ?」


「……じゃあなんで私に一万回も告白したのよ」


「そ、それは加恋が足りないって昔――」


「そうよ足りないじゃない!! あの『ヤクソク』では全然足りないでしょ!!!」


「だから約束ってなんのことだよ!!!」


 ついつい熱くなってしまい、二人とも椅子を倒して立ち上がる。

 しかしお互いに一度落ち着き、椅子へと座りなおした。


「ほんとに、何も覚えてないの?」


 加恋は落ち着いて、しかし目じりに涙を浮かべてそう言った。 

 加恋が泣いてるところなんて、俺は全然見たことなかった。だから頭があまり回らなくなって、言葉の意味を全然考えられなかった。


「……うん。俺は約束をした覚えは……ないんだ」


 だからただ事実を伝える。

 

「そうなんだ……じゃあ、私だけだったんだ。今も、私だけ――」


 加恋はそう言って、半分くらい残ったカレーライスを残して家から出ていった。


 俺は訳も分からず、ただひたすらそんな幼馴染の背中を見ているだけしかできなかった。


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