第6話 小悪魔みたいな後輩は摩訶不思議

 放課後のチャイムが鳴る。


 このチャイムをこよなく愛する高校生は少なくないだろう。俺はアラームの音にしてるくらい愛着がある。しかし、これは始まりの音でもあるため、何とも複雑な心境……。

 と、くだらないことで悩みながら支度を済ませ、教室を出る。


 俺は部活に所属していないため、まっすぐ帰宅だ。ちなみに、加恋はチャイムが終わってすぐにクラスメイトを引き連れてどこかに行った。ま、まぁ、俺には関係のないことなんですけど……。


 それにしても、一人で帰るのはたぶん初めてだ。若干寂しい気もするが、気ままに帰ろうかななんて思う。

 

「おい神之木! ちょっとこのノートたちを職員室まで運ぶの手伝ってくれないか?」


 教室を出たところで、うちのクラスの担任である鴨井美織(かもいみおり)先生に声をかけられた。

 一度登場しているが、あの生徒の前で「仕事やめてぇ」と言っているだいぶ大胆な先生。ほんと、よくクビにされないよな。


「それ、俺に拒否権ってあります?」


「ふっ……くだらないことを聞くなよ」


 そして何ともさり気なく重いノートを全部俺によこしやがった。

 この独身担任、なぜか俺をいいように使うのだ。俺もしかしてにじみ出るパシリの才能とかあるのかな? オーラとか出ちゃってんのかな?


 実際、今手伝ってとか言っておきながら俺に全丸投げしてるし。

 手伝うって丸投げすることなんですかね?


「先生これ俺にはちょっと重いですよ!」


「何男がこれしき事で弱音を吐いているのだ。男は強くないとモテないぞ? 筋トレだ筋トレ」


「今の時代その考えは古いですよ! 先生一体年はいくつ――」


「おらぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 目の色を変えた鴨井先生が封印されし右手を解放。そして俺の腹にめがけて思いっきり腹パンを食らわせてきた。もうラブコメじゃなぁい……

 

「どへっ!!!」


 お、恐ろしい……これが合コン全敗した実力者の力か……。きっと負のエネルギーを力に変えているんだろう……


 しかしここでノートをばらまいてはいけないと思い、何とか堪える。 

 ほんと、鉄拳制裁する辺り古いなと思う。これ言ったら、たぶんすぐに天に昇るだろうけど。


「使い古された言葉を使いたくはないが、女性に年を尋ねるのは常識知らずだぞ?」


「はいはいごめんなさい」


「はいは一回ッ!!」


「はいっ!」


 鴨井先生は「ふん。よろしい」と言って丸投げした俺のことを放っておいて悠々と歩いていく。

 くそう……この野郎……。

 いつか匿名で独身を死ぬほどいじってやる……。


 そう思う俺だった。




    ***




 ノートを職員室まで運び終わり、ようやく下校できる。

 職員室まで行ったら鴨井先生が「遅いよー」と言いつつも俺に饅頭とお茶をくれた。

 危うく「チョイスが老婆かよ!!!」とツッコミそうになったが、それをしてしまえば俺は今この世界にいなかった。よく俺を救った俺。


 本日のMVPは自制心君。おめでとう。


 そして饅頭とお茶をいただきながら応接室にて鴨井先生の愚痴を聞かされたもんだから、もう辺りは夕方。しかし部活が行われているため、静けさの中にも活力がある。

 学校が生きているんじゃないかと思うほどに。


 しかし廊下や教室の中には人はおらず、この時間に残ることは珍しいため、気分は探検家。

 辺りをきょろきょろ見ながら歩いていたら、すぐに下駄箱に着いた。


 下駄箱から靴を取り出し、上履きを入れる。

 表に出たところに、見覚えのある姿があった。



「あっ先輩。こんな時間まで何してたんですか?」



「らら……お前こそ、部活はどうした?」


「今日は休養日です。なので、傷心中の先輩を待ってあげました」


 いたずらな笑みを浮かべるらら。

 風に艶のある茶色の髪がなびいて、ららは乱れた髪を直すように髪を耳にかけなおす。


 その仕草に、不意にドキッとする。


「そ、そうか。そりゃ気遣いどーも」


「まぁ今日くらいは、私が癒してあげますよ」


「ほほーう。つまり自分に癒し効果があると?」


「何言ってんですかぁ? 常に!! 先輩は私に癒されてましたよね?」


 俺の方に詰め寄り、強制的に「癒されてました」と言わされる。

 ほんと、最近の世の中は女性が強いっていう決まりなんですかね。それとも俺の周りが屈強すぎる女性が多すぎるのか……なんかマッチョみたいだな。想像したらなんか面白い。


「まっ、これは高くつきますからね? せーんぱい?」


「お前いつからそんなあざとくなったんだか」


「あざとくないですし!!! これが私の普通です!」


「はいはいそうですね」


「もーーっ!!」


 きぃーと威嚇しつつも、歩き出す俺に合わせてららも歩き出す。


 視界の端にはもくもくと宇宙に向かって伸びている雲があり、それがオレンジ色に染まっていて、なんだか夏の到来を感じた。まもなく七月に入る。時の流れとは無慈悲に過ぎていく。

 部活の掛け声とか、洗練された楽器の音とかが聞こえてきて、今の状況のどれをとっても青春らしい。


 ただ、前とはずいぶん変わったなぁと思う。

 それは俺が新しく踏み出せたことの証でもあり、あの恋が終わったという証でもある。

 やはりその点においては表裏一体の関係で、新しく踏み出せたと思えば悲しいなとも思う。


 でも、今は前を向いている。そして歩き出している。


 ただ、どこに向かっているかは分からないんだけどね。うんいい雰囲気自分からぶち壊したー!

 そんな一人茶番をしていると、ららは突拍子もなく質問をしてきた。



「先輩って、年下は好きですか?」



 その言葉はどうせふざけて言ってるんだなと思ったけど、ららのいつもより真剣な表情からしてどこかそんな感じではないような気がする。

 ど、どういう意味なんだろう……いや、そのままの意味なんだろうけど。その奥に隠れる深層心理……深読みしすぎだな俺。


 これはありのままに答えるのが正解だな。


「うーん、わかんないけど……嫌いじゃないよ」


 別に好きってわけでもないけど。正直なところを言えば考えたこともなかった。

 でもここで「後輩ラブ!!」とか言おうもんなら告白みたいなもん。よく考えた、粘ったぞ俺! と自画自賛。

 ラブコメによくありがちな爆弾発言を回避できた。さすがの機動力。


「そ、そうですか……だいぶ紛らわしい言い方ですね。でもま、まぁ! 先輩と親しい後輩なんて多くないですし! 後輩との新しい恋愛の可能性なんてごくわずかですし! そもそも先輩に選択権があるのかって問題ですけどね!!!」


「お前は俺を励ましたいのか落ち込ませたいのかどっちなんだよ!」


 実際正論なんですけどね?

 むしろ上から言ってすみませんでした! と謝りたくなってくる。


「も、もちろん励ましたいですとも! ただ、これから先輩が新しい恋をしていくって言うなら――」


 俺より少し前に出て、俺の方へ振り返る。





「後輩って選択肢、なくはないですよ?」





 ど、どゆこと……。


 選択権ないとかさっき言ってなかった? でも確かに可能性は限りなくゼロに近いけどゼロじゃないよっていう励ましなのかなそうなのかな。


 考えてもよくわからなかったので、とりあえず適当に「お、おう……」と反応しておく。


 そんな俺の反応を受け、若干真面目な雰囲気漂いつつも、ららはいつも通り小悪魔的な笑みを浮かべた。

 いつも見ている姿が今日はなぜか可愛く見えたことは、心の奥にしまっておこう。


 それにしても、結局どういうことなんだろう。


 後輩との可能性はごくわずかと言っておきながら、なくはないというし……ようわからんなぁ。


 ほんと、この小悪魔みたいな後輩は、摩訶不思議だ。




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