第4話 一万回の恋は終わりを迎える

「げっ……」


「っ……」


 教室に入ったところで加恋と目が合ってしまった。

 俺は気まずそうな目をしていて、加恋は少し怒ったような目をしていた。というかはっきり言ってこれ睨んできてます。

 朝から一万回も告白してきた幼馴染を見てげんなりしているのだろうか。


「あっ、加恋ようやく登校してきた」


「姫は遅れて登場……ってか」


「それは違うだろ」


 とこんな感じでさり気なくツッコんではいるものの、内心はドキドキブルブル。

 なにせ俺の席の列の一番前に加恋の席がある。つまり、俺の席を経由して席に座る可能性が高いのだ。


 加恋はいつも通り挨拶してくる同級生たちに笑顔を振りまきながら挨拶を返し、俺へと接近してくる。

 べ、別ルートで席に行かないということは俺にがんでも飛ばすんでしょうか……翔!! どうかその屈強なボディーで俺を守ってくれ……!


「おはよ加恋! またいつも通りの時間に来たね。ほんとそろそろ余裕をもって登校したら?」


「私朝ダメなのよほんとに」


「確かにそんな感じするわ」


 音羽が加恋と日常会話をする。

 これも又通常通り。二人は俺と同様に高一からの友達で、かなり仲がいい。この二人が揃っていると花があるなあ、なんて普段は思ったりもするんだけど。

 

 今は加恋の背後に隠れたおぞましいもののせいで俺はバックが闇に包まれているようにしか見えません。

 まさかついに魔法を? なんてバカげたことも思ってしまう。


「翔君もおはよ」


「おはーっ」


 翔も至っていつも通り。

 そして、ようやく俺の方に視線が向いた。


「…………」


 しかし一言も発しない。ただ、俺の方へ鋭利な視線を向けるだけ。

 この視線に質量があったらたぶん俺めった刺し。


 沈黙に耐えきれなくなって俺から挨拶をする。


「お、おはよ……加恋」


「…………」


「ど、どうしたんでしょうか……俺の顔をじっと見つめて……」


「いや別に」


 それは即答するんですね。

 俺だけ挨拶は顔パスなんでしょうか。


「そのー……そんなにじっと見つめられると……」


「何? 私のこと好きなんじゃないの?」


「い、いえ……その……」


 今だ。今こそ俺は幼馴染に降伏宣言をすべきだ。

 俺の中の『リトル律~パワフルバージョン~』がそう言っている。

 確かに今こそさり気なく言うときだと思う。律脳内常任理事国は満場一致だ。


 加えて一万回も告白したのだからそれを受けてくれたことに対する感謝も伝えなければいけないと思った。新しく出発していくためにも、ここで区切りをつけなければ。



「俺、加恋のこと諦めることにした。その……一万回も告白を受けてくれてありがとうな。ほんと、感謝してます!!」



 本心からそう言うと、加恋は驚いたように「なっ……」と言って金魚みたいに口をパクパクさせた。

 そして、漏れ出すように口から言葉がこぼれだす。


「な、何私がフラれたみたいになってるのよ。フッたのはわ、私でしょ?」


「そ、それはもちろんですとも……」


「で、だから今日の朝、私の家にいなかったんだ」


「りょ、両親にあらかじめ伝えたのですが……」


「私には言ってないじゃない」


「す、すみません……」


 むしろ俺が朝いなくなってせいせいしたのかと思っていたのだが……なんだかその口ぶりは俺が勝手にいなくなって悲しいみたいな……いや、これは俺の中にある未練が見せるまやかしだな。


 頭を横に振ってそのまやかしを大気中へと飛ばす。

 加恋は依然として怒っているような表情で、話を続ける。


「で、ほんとに諦めるのね?」


「は、はい……」


「そう……ま、まぁこれで律に毎日告白されることがなくなってせいせいするけどね!!!」


「その節はどうもすみませんでした!!!」


 椅子の上で精いっぱいの土下座をする。

 今諦めたからこそ過去を回想して見れば、俺相当やべぇ奴だった。

 もう頭が上がりませぬ……。


「ふんっ!」


 加恋はそうぷりぷりしながら自席へと向かっていった。

 な、何故せいせいすると言っていたのに怒っているのでしょうか……。

 もしかして俺のことを知らぬ間にサンドバックにしていたとか……いやそんな前世ボクサーみたいな幼馴染ではないか。


 それにしても、こうして俺の一万回に及ぶ加恋への恋は幕を閉じたのか。

 そう思うと、やはり名残惜しい気持ちはあるが、前へ向こうと涙を拭う。


 俺と加恋の会話の一部始終を見ていた翔と音羽が、「あれま」といった表情で俺のことを見ていた。



「「これは、波乱だなぁ……」」



 見事にシンクロする二人の声。


 ほんと、羨ましいほどにこいつら仲いい。

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