第2話 魔王様、勇者を完全論破する
ある日、高熱を出して三日程寝込んだ私は、遠い昔……所謂前世と言うモノを思い出した。
オル・ディールで勇者として戦ったこと。
魔王と戦い、愛しい聖女様を失ったこと。
目の前で魔王と共に封印されてしまった愛しい聖女様……君は今どこにいるだろうか。
「小雪の熱がやっと下がったわね」
「風邪が流行っているからのう」
「……おとうさん、おかあさん……?」
「大丈夫小雪? 何か飲みたいものはある?」
今はこの世界の神殿……いや、寺と呼ばれる場所で生活している事を思い出す。
全身のあちこちが痛んだが、どうやら病気に掛かっていたらしい。
まだ万全ではない体、だからこそ記憶が混在している今、色々と整理することが出来る。
聖女だけでも何とか封印から解く方法は無いかと仲間と世界を旅し、見つけた禁術を使った。
気がつけばこの通りの有様だ。
しかも下半身を触ると、ツイテイタモノが無くなっている。絶望したがどうやら女に生まれ変わってしまったらしい。
だが、聖女様のいる場所へ行ける様に禁術を使ったのは確かだ。
つまりこの世界のどこかに聖女様が生きている。それが確信出来ただけでもホッと安堵することが出来た。
更に整理してみよう。
私の今の名前は、
東家の長女でありまだ三歳だ。
私には兄がいる。
東 祐一郎、この寺の長男にして跡取り息子だ。
厳しい兄だが尊敬している。六歳にしては大人びた子供とは思うが、規則正しい生活と寺の跡取りとして厳しい修行にも耐えている。
将来は立派な僧侶になるだろう。
……それにしても、勇者が僧侶の家に転生するとはな。
私は聖職者の方が向いていたのか?
いやいや、勇者と言えば光を司る者だ。聖職者の家に転生する事は珍しいことでは無い。
まだ若干熱が残っているのか、周りの気配をちゃんと感じる事は出来ないが、その気だるさも一瞬にして吹き飛ばす程の力を感じて無理やり起きた。
近付く足音、噴出す程の汗……この気配、そんな筈は無い。
あの者は聖女様により封印された筈だ!
ゆっくりと開かれる引き戸……姿を現したのは兄であった筈の者だ。
「あぁ……記憶が戻ってしまわれたのですね」
「――魔王!」
「まぁまぁ、そう大きな声を出さずとも行き成り襲ったりなんてしませんよ」
まさか尊敬していた兄が魔王だったとは!!
拳を握り締め睨み付けていると、魔王は大きく溜息を吐いて私に手を伸ばした。
強張る身体、だが魔王は私の額に手を当て「ふむ」と口にする。
「どうやら熱は下がったようですね」
「クソッ 貴様に情けを掛けられるとは……なんて情けない!」
「おやおや、その様にうろたえてはいけませんよ? 記憶を封印する事は容易い事ですが、勇者である貴方が無様にも女に生まれ、しかも魔王である私の妹なんて滑稽な姿を拝めるのは一種の楽しみですからねぇ」
「おのれ魔王っ」
「お兄ちゃん、でしょう?」
嘲笑うように見つめながら口にする魔王に、悔しさで涙が溢れてくる。
これ以上の辱めも屈辱も他には無いだろう。
だが耐えなくてはならない。私が転生した意味を忘れては全てが無駄になってしまう。
「貴方の事ですから、聖女を探すために無茶をしたのでしょう。その執念は認めて差し上げてもいいですよ?」
「――聖女様はやはりこの世界に!?」
私が最も欲しかった情報だ!
直ぐに答えてくれるはずないとは解っていても魔王を見つめた。
「……貴方も会っている筈ですが?」
「近くにいらっしゃるのだな!?」
「近くも何も、先程まで来ていらっしゃいましたよ」
その言葉に布団から起き出し駆け出そうとした私の足を素早く引っ掛け、私は派手に転んだ。
「まぁ落ち着きなさい。何事も落ち着きが肝心です」
「くそぅ……」
「女の子がクソクソ言わない! はしたないですよ!」
魔王の癖に、魔王の癖に!!
涙を流し、倒れたまま両手を握り締め震えていると、溜息を吐く声が聴こえたと同時にビニール袋を触る音が聴こえた。そして私の頬に冷たい何かが当たると、顔を上げてソレを見る。
「貴方の好きな桃ジュースです。聖女からのお見舞いの品ですよ」
その言葉に立ち上がり魔王からジュースを奪い取る。
可愛い模様のついた桃ジュースを掲げて喜びに震えていると、魔王は隣でもう一本のジュースを取り出し目の前で飲み始めた。
「それも私へのお見舞いの品ではないのか!?」
「残念ですが、コチラは私へと頂きました」
「魔王にも分け隔てなく接するとは……あぁ聖女様、なんとお優しい」
「そうでしょう。私の妻として最高の女性です」
その一言に首が錆び付いた様に動き魔王を見つめた。
私の様子を見た魔王は首を傾げたが、こうも口にする。
「聖女に前世の記憶はありませんよ」
「……なん……だと?」
「折角前世を思い出した貴方には残念なことですが、この世界からあの世界へ戻る方法もありません。ゆえに私達はこの世界で一生を過ごさねばならないのです。よって、兄妹として仲良くして行きましょう。敵対しないのであれば私も貴方に害は加えません」
「そんな言葉信用できるとでも思っているのか!」
「貴方の転生してからの記憶の私が何よりの証拠です」
そう言われると、魔王は私の面倒を良く見てくれていた事を思い出す。
規則正しい生活に凛とした佇まい、家の手伝いも率先してやるし料理だってする。
言われて見れば、正に理想の兄と言う振る舞いだったと思う。
あれだけオル・ディールでは暴れて沢山の人々を死に追いやったと言うのに、今目の前に居る魔王はまるで全てに悟りを開いたかのような感覚さえ感じる。
「さて……勇者としての記憶が蘇ってしまったのは誤算でしたが、一つ私から提案して宜しいでしょうか」
「何を……」
「今はこの世界で同じ家に住む、更に言えば血の繋がった兄妹です。そして転生してきたとは言え、その事を両親に話せば理解に苦しみ苦労させるでしょう」
その様な事は私とて望んではいない。
両親は記憶の限り私達を平等に愛してくれているのだと解っている。
「ゆえに、私達は出来るだけ以前のように兄として、妹として接して行くのが無難だと判断いたします」
「むぅ……それは確かに」
「決して、私の事を魔王等と呼ばぬようお気をつけなさい。寺の跡取り息子が魔王等と言われたら、寺の名に傷がつきますよ」
「う……」
「我々は転生したのです。今この世を生きるのだという自覚と共に、この世に馴染む為に振舞わねばなりません。宜しいですね」
そう言うと魔王は立ち上がり私の頭を優しく撫でると部屋を出て行った。
――この世界に馴染む為に振舞う……か。
つまり、小雪と言う少女を演じればいいのだ。
記憶が戻る前の小雪を演じる、多少改善すべきところはあるが何とかなりそうだ。
魔法を使う事も出来ない不便な世界だが、聖女様も頑張っていらっしゃるのだ。私が弱音を吐くわけには行かない。
そう決意した私は、病気が完全に治った暁には聖女様にお礼を言おうと心に誓い、家族と共に食事を取って眠りについた。
――だが時同じく、私と共に聖女様の封印を解こうとした仲間達もまた、前世の記憶が戻って大変だったのはこの時の私は知る由も無い。
そして数日後――。
土日は聖女様が遊びに来る日だと魔王に教えて貰った私は、広い玄関で今か今かと待ちわびていた。
それは魔王も一緒のようで、寺の息子らしく作務衣装備で玄関に座りジッと奥の階段を見つめている。
寺はこの地域では一番高い場所に立っていて、階段を使うか駐車場になっている通路を通って入ってくるしかない。
ソワソワと待っていたが、木々が揺らぎ優しい気配を感じることが出来る。
あぁ……そうだ、この感じ。
魔王の隣に立ち奥の階段を見つめると、一人の少女が手を振りながら走ってくる。
――聖女様だ!
「お――い!」
「せいじょさ……ゴフッ」
思わず聖女様と叫ぼうとした私の口を魔王が塞いだ。
そうだった、私は小雪。小雪を演じるのだと思い出した。
「小雪ちゃん風邪治って良かったね~!」
「あ、ありがと~!!」
あぁ、愛しの聖女様!!
思わず感涙する私に首を傾げる聖女様の今のお名前は、尾崎 心寿。
実家は花屋で、可憐な聖女様にはピッタリだと思った。
「お待ちしていましたよ」
「祐ちゃんもお待たせ! 今日は何するの?」
「裏庭の草が伸びてきてしまって、草むしりのお手伝いをして頂けたら助かります」
「オッケイ!」
そう言って腕を捲くる聖女様。
慈善活動にも積極的でなんて素晴らしい女性だろうか!
「小雪ちゃん大丈夫? どこか痛いの?」
「だいじょうぶだよ……」
「だってホラ、鼻血出ちゃってるよ? お婆ちゃ――ん! 小雪ちゃん鼻血出てるよ~!」
「だ、だいじょうぶぅ――!!」
必死の抵抗も虚しく、祖母がやってきて私はそのままお布団へと連行されてしまった。
今頃魔王は聖女様と二人きりで……私も混ざりたい!!
「おばあちゃん、もう鼻血とまったよ?」
「ダメダメ、鼻血が急に出るなんて悪い病気かもしれん」
「だいじょうぶだよ、ちょっとコウフンしただけだよ」
何に? と聞かれても答えようが無いわけだが、少なくとも聖女様の近くに転生できた事は私にとって僥倖だった。
兄が魔王であること意外は。
「心寿おねえちゃんと、いっしょにすむことができたらいいのになぁ」
小雪らしく両足をバタバタとさせながら口にすると、祖母は嬉しそうに笑った。
「小雪も祐一郎も心寿が好きだねぇ」
「うん、だいすき!」
「祐一郎の嫁に来てくれればいいねぇ」
それは嬉しくは無い。
だが一緒に住むには、魔王の嫁に聖女様来るしかない……何という苦痛だろうか。
「年上女房は金の草鞋を履いてでも探せってことわざがあってねぇ。祐一郎は正に金の草鞋を履いて見つけたのかねぇ」
「す、すごいねぇ」
「ふふふ、長生きはするもんだ」
祖母は嬉しそうに目を細め、私の頭を撫でている。
外から聞こえる聖女様の笑い声を聞きながら、私は小さく溜息を吐いた。
せめて男として生まれてくればこんな悔しさ、苦痛を感じずに済んだのだろうか……。
消化できない気持ちを他所に、祖母は静かに微笑んでいた。
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